地震
 またまたアペニン山脈中の村ファリンドラ(Farindola)で地震が起き、
近くのホテルが雪に埋まって、死者も出ているようだ。
 このあたり、数年前から地震が多発している地方で、去年も
アマトリーチェやノルチアの町が被害を受けrた。今回も
ファリンドラの付近では結構大きな地震が頻発していたようだ。
救出作業が早く進んで、一人でも多くの人がたすかることをいのる。
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# by pincopallino2 | 2017-01-20 19:25 | Comments(0)
エピファニア
 1月6日はローマン カトリックでいう公現祭。
12月24日の真夜中に生まれたキリストが初めて
東方からたづねて来た3博士だか、金持ちだかに
あった日なのだそうだ。生まれた途端に彼らに会ったという
説よりこの方が信じられる。当時のユダヤ社会では
男の子を生まれ次第に殺してしまう習慣がしてあったらしい。
だから右も左もわからない初めての土地で男の新生児を探しあぐねた結果
総督のピラトの所に行って情報を聞き、やっとのことでキリストを
探し当てたという方がつじつまがあうようだ。
 昔のイタリアではこの日、良い子供たちはご褒美をもらい、
勉強をしなかったり、悪いことばかりをしていた子は石炭ガラをもらう。
だからこの日が近づくと菓子屋にはコークス そっくりのお菓子がならぶ。
いずれにせよ昔子供達がプレゼントをもらうのはこの日(1月5日の
真夜中)で、クリスマスは大人達の贈答の日。
なおこの夜子供たちに贈り物を配るのはヴェファーナという魔法使いの
お祖母さんで竹ぼうきに乗ってやってくる。
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# by pincopallino2 | 2017-01-06 20:17 | Comments(0)
クリスマス
  クリスマスの時期になった。イタリアでも町には歳の市が開かれ、
自宅用、贈答用に買ったクリスマス用のケーキ、パネットーネの箱を
担いだ紳士たちが右往左往していることだろう。
  昔のイタリアにはクリスマス ツリーを飾る習慣はあまりなく、
キリスト生誕の状況を再現した、日本でいえば五月人形のようなもの、
プレセピオを家に飾ったものだった。
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# by pincopallino2 | 2016-12-24 10:08 | Comments(0)
モンテ ロ-ザ
 冬になるとアルプスの山、モンテ ローザが美しく輝く。
単独ではなく、恐らく群峰なのだろうが、イタリア側からは
朝日に照らされた午前中が素晴らしい。その名の如くピンク色に染まる。
 僕は高速26号線がマッジョーレ湖の上を走るあたりから眺めるのが
好きなのだが、マルペンサ空港からも見える。
 昔、モンテロ-ザという飲み物が流行ったことがある。
ミルクシェイクの一類なんだろうが、いまは知っているバー職人も
殆どいない、
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# by pincopallino2 | 2016-12-11 10:33 | Comments(0)
12月8日
 12月8日は太平洋戦争が始まった日。
当時中学2年生だった僕は寝起きざま
ラヂオのニュースで日米開戦を知り、
日本は負けると確信して、憂鬱な気分のまま
学校に行ったものだった。
 欧米各国の圧力に耐えて戦争は回避すべきで
あったのに、精神論ばかりを唱えて結局
国民全部に塗炭の苦しみを味合わせた軍部の
若手将校達を憎む。
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# by pincopallino2 | 2016-12-08 11:49 | Comments(0)
インマコラータ
  12月8日はimmacolata,日本語 では「無原罪のお宿り」と
言って初めはキリストがマリアさんのおなかに入った日だと
思って、人間が胎内にいるのは大体10月10日位と聞いていたが
キリストは375日もお母さんのお腹の中にいたのかと驚いた。
  後で、決してそんなに長くは居なかったと理由をつけて
教えてくれた人がいたが、そうではなく、聖母マリアがお母さん、
つまりキリストのお祖母さんにあたるアンナガマリアを懐妊した
日だとも聞いた。
  しかし、子孫を作る行為を何故罪深いというのかわからない。
いずれにしろ、このお祭り今から860年程前に時の法王ピウス9世が
初めて依頼カトリックとして神聖なお祭りになっていていまでも
12月8日になるとローマ、スペイン広場の階段に向かって右側、
ミニャネッリ広場に立っている聖母マリアの塔には沢山の花束が
市民達から捧げられ、法王も来て冠を捧げる。冠は塔の天辺にある
マリア像にだが、高いので法王から花束を受け取った消防士が
梯子に乗って届けに行く。今は梯子車があるから便利だが昔は
どうしたんだろう。
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# by pincopallino2 | 2016-12-07 19:37 | Comments(0)
国民投票の結果
 昨日行われた上院の権限を縮小するといった
イタリアの憲法改正案の国民投票。まだ確定ではないが
かなりの大差で否決された模様らしい。よその国のことなので
特に気に病むことでもないのだろうが、否決されれば辞職すると
言っていた提唱者のレンツィ首相も敗北を認めたようだ。
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# by pincopallino2 | 2016-12-05 09:16 | Comments(0)
国民投票
  今日、12月4日の日曜日はイタリアで国民投票が行われる。
人事権などで同じ権限を持つ上、下両院の内上院の権限を大幅に
削ることに国民の賛否を問うということのようだが、概して北部は
賛成、南部は反対ということらしい。いずれにせよ、日本と
イタリアの間には8時間の時差があって、日本の方が進んでいるから
結果が分かるのは明日朝以降になるのだろう。
 ちなみにイタリアの議事堂は上、下院ローマの別々の所にあるが、
いずれも古来の由緒ある建物だ。
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# by pincopallino2 | 2016-12-04 09:29 | Comments(0)
イタリアの秋
 12月になると観光客が減ってやっと落ち着いたローマの町の歩道を
風に吹かれてコロコロと転がっていくプラタナスの落ち葉を懐かしく
思い出す。
 イタリアに着いた初めての年の秋は日本のように赤い紅葉がないので
物足りなく、寂しい思いをしたが、その後北イタリアで日本より色の種類が
多い黄葉を見つけた。
 黄色だけだが綺麗なのはスロヴェニア。銀杏の木が多いせいか秋になると
国中が真っ黄色に染まって美しいことこの上ない。
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# by pincopallino2 | 2016-12-03 13:38 | Comments(0)
12月1日
 早いもので今年も最後の12月に入ってしまった。
 今年の8月24日と10月30日の2回大地震にみまわれた
中部イタリアの可愛らしい都市ノルチアは今から700年近く 前の
1328年12月1日にも大地震に遭っている。
 但し、月日は当時の暦だから若干ずれているかもしれない。
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# by pincopallino2 | 2016-12-01 10:33 | Comments(0)
安土桃山時代にいたイタリア人武士
 安土桃山時代、元ヨハネ騎士団員であったジョヴァンニ ロルティスという
イタリア人が同じイタリア人の宣教師オルガンティーノに同行して1570年に来日。
名前を日本式に改名して山科羅久呂左衛門勝成、通称山科勝成と名乗り、
武士として蒲生氏郷に仕えていたそうだ。本能寺の変や小牧・長久手の戦いにも
関係し、イタリアに鉄砲の買い付けに行く途中ヴィエトナムあたりで
土民たちに殺されたそうだが、真偽のほどは定かでない。
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# by pincopallino2 | 2016-11-26 11:11 | Comments(0)
地震
 先月の末の話しだが、イタリア中部で又大きな地震があったそうだ。
震源地はウンブリア州の町ノルチアあたり。もう10年以上前になるか
アッシジの聖フランチェスコ大聖堂のジョットの壁画が一部損壊した
大地震、数年前の大地震が発生したアブルッツィ州の首都ラクイラ、
ラクイラから直線にして70キロ位しか離れて居ないアマトリ-チェ、
そして今回の地震の震源地はノルシアの北方約50キロというから
アマトリ-チェから100キロも離れていなく、いずれもイタリア半島の
背骨と言われるアペニン山脈の西側一帯の狭い範囲内でしかも短い
期間で起こっている。
 今回の地震では不幸中幸いにして死者は居ないようだが、被災者には
心からのお見舞いを述べさせていただく。
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# by pincopallino2 | 2016-11-04 15:32 | Comments(2)
死者の日
 11月1日の諸聖人の日のあくる日11月2日はカトリック教徒にとって
死者達の日。仏教でいえばお彼岸みたいなもので、墓地に行って
先祖達の冥福を祈る。本来ならば一家揃って墓地に行き、墓前で持ってきた
弁当を開いてご先祖達と一緒に食べ、なごやかな一日を過ごすものだと
聞いたことがある。沖縄と似通ったような風習だが、最近はイタリアでも
親族、血縁に関係なく、死んだ順に高層のアパ-ト式になった墓に一人づつ
埋葬されてしまうから、ことに都会地ではそんな風景を見たことがなかった。
 諸聖人の祭りと死者達への祈りを一緒にやってしまう所も多いようだが、
僕が見たうちで一番盛大だったのはクロアチアの首都ザグレブ。市内の交通を
制限し、大聖堂の前から墓地行きの人を乗せたバスがひっきりなしに出ていた。
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# by pincopallino2 | 2016-11-02 10:46 | Comments(0)
諸聖人の日
  11月1日は諸聖人の日と言ってカトリック系キリスト教徒の
お祭りの日。カトリックでは聖人達が暦上の毎日を担当したり、
市町村の守護神だったりしているが、聖人の数が多くて全員に仕事を
割り振れないから、というわけではないだろうが、11月の1日には
全員をひっくるめて祈りをささげている。
  この祭り、 日本でも騒ぎ始めた10月30日の夜のハロウインと
関係があり、両方ともスコットランド始まりだろうとのことなので
古代ケルト人のものだったのかもしれない。
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# by pincopallino2 | 2016-11-01 16:35 | Comments(0)
フランス人
最近の震災で大被害を被ったアマトリィチェの周辺の
人達をバカにしたというより侮辱した絵がフランスの
新聞だかに出た。アラブの宗教をバカにしてひどい目に
あってからそれほど日もたっていないのに、今度は
天災にあって苦しんでいう人達を茶化すとは。
フランス人はいったいどんな気質を持っているんだろう。
 自分達さえ楽しければ他人の不幸は笑い話にしちゃおうと
いう考えなのだろうか。ばにが自由、平等、博愛なんだ。

 もう50年程前のある晩北イタリアの村が直下型地震に見舞われ、
瞬時にして埋没してしまったことがある。その翌日アドリア海側の
町ペスカラに行って夕方ローマに帰ってきたら、町中至る所に
畳2丈分位ある大きな壁新聞が貼られてあって、ローマ市長の
名前で「昨夜北イタリアの(村の名前は失念)で大惨事が発生し、
多くの犠牲者も出た。ローマ市民一同死者には心からの哀悼の
意を表し、犠牲者には出来得る限りの援助をしよう。」と
書いてあった。この壁新聞、ローマだけでなく、イタリアの各地で
続けられている筈だ。
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# by pincopallino2 | 2016-09-12 17:01 | Comments(1)