僕とイタリア 54   レストラン 16
留学生の中には近くのフユミチーノの海で釣った魚を開きにして
ヴェランダに干しておいたら、近所から臭いといわれて総スカンを
くったのもいたが、その頃ローマでもカツ丼が食べられるようになった。
 支那人の若夫婦が新しく開いた店だったが、奥さんが東京の後楽園の
近くの支那料理屋の娘で、日本人のことを良く知っていたから、
我々の困っているのを見てカツ丼を出してくれた。味噌汁もついていた。
値段はあまり安くなかったが、郷愁にかられてよく食べに行ったし、
お客さんも豪華なイタリア料理より素朴なカツ丼の方を喜んだりした。
奥さんが日本語を話したのも人気があった理由だろう。 
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by pincopallino2 | 2011-03-28 10:28
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