懐かしのイタリア人 レオ マニーノ教授
  女房の親父の親友で、戦後引き揚げ船で日本に帰る時はナポリ迄 
見送りに来てくれたそうだ。
  イタリアを統一したサヴォイ王家の、日本で言えば幕臣の家柄で
ローマの高級住宅地パリオリの大きな家にお母さんと妹と一緒に住んでいたが
育ったのはミラノで、ミラノ弁を話し、死ぬまでミラノが好きだったようだ
  ローマ大學を卒業して外交官になり、ポルトガルに赴任したが、その後
文部省の役人に転じ、ローマ大學の政治学の教授も兼ねていた。
戦争中はファsシストの党員でムッソリーニの側近の一人でもあったらしい。
地中海文明といった雑誌をだしていたが、どういうわけか、日本文化にも興味を
持っていて源氏物語だかの論文を書いている。
  彼にはイタリア人しか知らないようなレストランに随分連れていってもらったものだ。、
彼は同性愛者でも有名だったが、ローマ大學に留学して彼の弟子になった日本人、
和服、下駄履きで、腰に木刀を差してローマ中を闊歩していた。
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by pincopallino2 | 2011-12-04 09:49
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