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お花見
 昨日は日曜日。庭の櫻が満開で、部屋の中から花見をした。
生憎今にも振り出しそうな空で、風もない花曇りだったが、色々な鳥がさえずりながら
花をついばみ。鶯も鳴いていた。
青空の下の桜花は素晴らしいが、曇り空を背景にした櫻もまた格別の美しさで見事。
好きで集めた椿も色々な花を咲かせ、ぼけやうずきも加わって春満開といったところ。
 八重桜もあるので、もう一回花見が楽しめそうだ。
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by pincopallino2 | 2008-03-31 10:45
イタリア産マスカルポーネからダイオキシン検出

 一昨日から昨日にかけて長野イタリア友の会に出席のためブログは休んだ。
 ナポリ近くのカゼルタは水牛の乳で作るチーズ、マスカルポーネの産地だが、
最近そのチーズから有毒のダイオキシンが検出されたとのことで、
日本でも成田で差止められているようだ。
 正月頃、日本でも報道されたナポリ市内のごみの山を燃した際
ダイオキシンが空中に広がって、草の葉などに付着し、その草を食べた
水牛の身体に入ったらしい。
 ナポリから100キロばかり南に下がったペストゥムもモッツアレッラ チーズの
産地だが、そちらの方の製品は大丈夫とのこと。
 いずれにしろ、動物検疫の厳しい検査に合格したものでないかぎり、
イタリア産のマスカrポーネは当分の間輸入禁止だろう。
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by pincopallino2 | 2008-03-29 01:06
ローマの自動車学校
 今朝道を歩いていたら自動車学校の路上訓練車にはねられそうになった。
見たら若い学生みたいのが運転していて、僕が免許を取った時のことを思い出した。
 僕が運転免許を取ったのはローマだった。最初の日、言われた通りに自分の
事務所で待っていると、教官が車を持ってやってきた。近くの公園にいくと、
これがハンドル、アクセル、ブレーキ、ギア チェンジだと教えて、サア運転しろという。
街中を走っているうちに70キロをだしたら、イクラなんでも早すぎるよと叱られた。
教習所がなくいきなり路上運転だから実地を覚えるのは早い。
狭い道を走っていて、向こうから格好の良い女性が来たら、先生みずから助手席の
窓を開けて後ろに乗らないかと怒鳴っている。知らぬふりをして行ってしまうと
追っかけろというが、狭い道だから簡単にUターンなんか出来ない。
四苦八苦して方向転換をして追っかけるが、女性は嫌がって反対側に移る。
今度は先回りして正面から行けと言う。おかげで車の運転ばかりでなく、女性の
口説き方も教わった。学科は夜、自動車学校の事務所でやるが、
一回も出なかった。
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by pincopallino2 | 2008-03-26 13:04
3月10日の大空襲
 昨夜の新聞にイラク戦争開始以来アメリカ人の戦死者は4千人になったと書いてあった。
イラク人はもっと死んでいるのだろう。
 こんな暗い記事を読んでいると、第二次世界大戦中のことを思い出す。
終戦の年の3月10日の夜は東京の江東地区を中心にアメリカ軍の大爆撃を受け、
道はおろか、川までが死体で埋まるくらいだった。当時の日本は殆ど木造家屋だったから
まづ焼夷弾で大きな円を描いて、中の人が逃げられないようにし、それから円の中を
焼いていったのだそうだ。軍の施設や軍需工場ならまだしも非戦闘員の住む住宅街で
このような大虐殺を行うとはと子供ながら随分憤慨した覚えがある。アメリカ軍の空襲は
その後日本中に及び、遂には原子爆弾で広島、長崎を無辜の住民もろとも吹っ飛ばして
しまった。疎開先では戦闘機の襲撃を受けたが、逃げ惑う一般市民を機関銃で
狙い射ちをしていた。
 戦争中、僕の家内はウィーンに居たが、一日2回の割で米英軍の爆撃を受けた。
石造りの建物が多いから、爆弾は日本と違って破壊弾。
朝早く来るのは英国軍の爆撃機で、アメリカ人は寝坊だから午後遅く来るんだと
ウィーン子達は笑っていたそうだ。
 ドレスデンが全滅した夜の大空襲は見ていた日本人がいる。
 
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by pincopallino2 | 2008-03-25 11:42
復活祭
 昨日は復活祭、十字架に掛けられて殺されたイエズスが生き返ったのを祝う
キリスト教徒のお祭りで,移動祭日といって年によって、毎年日が違う。
 復活際は必ず日曜日で、その翌日も休日になる。所謂英語でいうイースター 
マンディだが、今から730年近く前のこの日にはシチリアで大事件が起きた。
 西暦1282年の復活祭は3月30日だったから、その翌日の31日は月曜日で休日。
当時のシチリアはフランスのアンジュー家が支配して苛斂誅求の政策を
しいており、フランス人達は主人顔をしてシチリア人を痛みつけていた。
 そんな中、一組の結婚したばかりの夫婦が人出で賑あうパレルモの町で夕方の
散歩を楽しんでいると、若妻の美貌に目をつけたフランス人が亭主が一緒にいるのも
かまわず彼女に手を出したので、カッとした亭主は我を忘れてフランス人に飛び掛り、
殴り殺してしまった。それを見ていたシチリア人達は周りに居るフランス人達に
飛び掛ってみんな殺してしまう。騒ぎが収まって一瞬静寂が訪れた時、夕べの
祈りを告げる教会の鐘が静かに鳴ったという。
 この事件は瞬く間にシチリア中に広まり、人々はフランス人らしい者を見かけると
Rの入った単語を言わせ、フランス語のRの発音は特殊だからフランス人だと分ると
殺してしまったという。
 そんな大事件なのに、たまたま十字軍の船出の指揮をする為、同じシチリアの
メッシーナの沖に停泊中の船に乗っていたアンジュー家の王シャルル一世は
どうせすぐにおさまるだろうと多寡をくくっていた為追い出されて、あとはシチリア人達が
希望したスペインのアラゴン家に獲られてしまった。
 パレルモでの発端の騒ぎはジュゼッペ ベルディがVespri Siciliani
「シチリアの晩祷」というオペラを作曲しているが、何分随分昔の話しだから
実際にはどうであったか分らない。教会の鐘の音を合図に一斉にフランス人を
やっつけようと前もってしめしあわせていたのだとか、スペインのアラゴン家が
シチリアを自分のものにする為企んだことだとか、諸説はいろいろある。
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by pincopallino2 | 2008-03-24 12:51
 昨日伊豆に行ったら櫻が咲いていた。7分咲きといったところだろうか。
強風と雨に無理矢理散らされた花びらが可哀そうだった。
 染井芳野の櫻はローマにもある。市内ではないが、その昔ムッソリーニ時代に
万国博をやって、その後に官庁を移し、新しい住宅街を造ろうとした、その名も
ヨーロッパ万国博という意味のエウルに、戦前戦後を通じて始めてイタリアを古式訪問した
たしか岸首相が植えたもので、池に沿った小道には日本の散歩道という名前がついている。
僕が住んでいた頃はヒョロヒョロとした若木で、うまく育つかなと思ったものだが、今では
巨木になって桜並木を作っている。
 たしかローマからそれほど遠くない所にさくらんぼの産地があって、収穫期になると
毎年村長さんら村の役員がわざわざローマにやってきて、大使館や日本航空の職員を
サクランボ祭りに招待してくれたものだ。行くと、鳥居かなんかが拵えてあって、
誰が教えたのか知らないが、日本語で「日本の皆様ようこそ」なんて書いてあったりした。
今はローマにも日本人が沢山住んでいるようだから、行ってみたらいかが。
勿論旅行者でも歓迎してくれると思う。場所は忘れてしまったが、ヴィテルボの
近くだ。
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by pincopallino2 | 2008-03-21 11:53
サン  ジュゼッペ
 3月19日、キリスト教ではイエスのお父さんのヨゼフのお祭りの日となっている。
但し生まれ日か死んだ日かは知らない。スペインでは彼のことをサン ホセと言って
ヴァレンシアの町では今夜、真夜中に大きな山車人形を燃やすが、町の中のさして
大きくない広場でだから、火事にならないよう消防車が待機している。他にも爆竹を
鳴らしたりとたいへんな騒ぎで、ヴァレンシアの人達は余程火遊びが好きらしい。
とにかくヴァレンシアの火祭りはスペイン三大祭りの一つなので、前日あたりになると
各地からの臨時列車が何本も到着する。今年は復活祭が3月の23日だから
旅行者はヴァレンシアでの火祭りの後、アンダルシア地方やマドリドで聖木曜日、
聖金曜日の素晴らしい聖体行列を見ることが出来る。
 イタリアではサン ジュセッペというが、この日、揚げたシュークリームを食べる
習慣がある。地方ごとに少しづつ違い、名前も色々だが、僕の知る限り、
シチリア、モンレアーレのものが凝っていて、美味しかった。
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by pincopallino2 | 2008-03-19 11:28
お彼岸
 電車の中で黒い洋服を着た男がお位牌を取り出して眺めている。
昨日からお彼岸だし、恋人でもなくしたんじゃないかと気の毒にと思って
よくよく見たら携帯電話だった。
 それにしても日本のサラリーマンはどうして黒っぽい服を着るんだろう。
昼の食事時など、彼らがいっせいにおもてに出てくるのをみていると、
葬列に出会ったような気がする。
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by pincopallino2 | 2008-03-18 11:12
今まで食べた一番まづいイタリア料理
 日本ではイタリア料理の専門家と称する人が拵えてくれたもの。
「どうです、美味しいでしょう」と自慢するが、パスタは芯が残って
ゴリゴリだし、味もイタリア料理としてでだけでなく、知っている
どこ国の料理にもないまづさだった。
 一番ひどかったのは北イタリア、ヴァラッロ郊外の山の上のレストラン。
まづパスタを頼んだが、随分待たされてから出てきたのを見ると、
麺が溶けてニチャニチャにかたまっている。とても食べられたもの
ではない。こいつはたまらないと後の料理をキャンセルして
出ようとしたら、店のオヤジが追いかけて来て、旨かったかと聞く。
殆ど食べないで残してあるのを見たら分るじゃないかと言いたかったが、
黙っていると、山の下にある大きな建物を指さして、あれが料理学校で、
一緒に住んでいる甥っ子が調理の先生をしているんだと得意になって自慢する。
ヴァラッロにも美味しい店が幾つもあるし、一風変った構えのレストランも
或るのに、よくこんな料理でやっていけるなと今でも不思議に思っている。
 とにかく僕の経験では自慢ばかりする店に余り美味しいところはないようだ。
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by pincopallino2 | 2008-03-17 12:07
ホワイト  デイ
 昨日はホワイト デイとかいうのかな!
2月14日の聖ヴァレンタインの祝日に女性からチョコレートを貰った男が
1ヶ月後にお返しのパンティを贈るのだと聞いたことがある。
 昔は洋の東西を問わず女性は淑やか(例外はあるが)で、密かに思っている男にも
あからさまに打ち明けられない。ただこの日だけは何かの贈り物をして
自分の思いをそれとなく知らせたのだそうで、男から何かのお返しがくれば、
その恋は脈があることになる。
 ヴァレンタイ デイに女性が男性にチョコレートを贈るなんていうのは、
戦後日本で始まった風習。どこのチョコレート屋か知らないが、頭の好い奴も
いるもんだと感心するばかり。チョコレートの箱詰めを山程買い込んでいる
女性が居るが、そんなに沢山恋人がいるのかな。昨日あたりは1年かかっても
はき切れないパンティを貰って困っているのだろう。
 ヴァレンタイン、イタリア語ではヴァレンティーノだが、イタリア中部、今の
ウンブリア州に居た司教で、一生のうちに100組だかの男女を結婚させたとか、
一緒になれないで悲嘆にくれている男女を添い遂げさせてやったとか色々な逸話の
ある人だったようだ。日本でこんな風習があると知ったら、ぶったまげて
生き返ってくるかもしれない。
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by pincopallino2 | 2008-03-15 16:16