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チュニジア  その4
 首都チュニスにあるバルドー博物館はモザイクの宝庫で、世界一と言われている。
展示物の色合いは淡くて他では見られない上品さがある。南の方にある紀元前
9世紀頃の町で海洋リゾート地でもあるスースのモザイク博物館も見事だ。
チュニスのスーク(市場)の中にあるレストランではチュニジア料理が食べられ、
土地の音楽の生演奏も聴かしてくれるが、夜行くと白いマントのようなものを着て、
頭にはワインレッドの独特な帽子を被った若者が、変った形のランタンを持って
店まで連れて行ってくれる。古いチュニスのしきたりだそうだが、なんともいえない
情緒が漂っている。
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by pincopallino2 | 2008-08-31 01:15
チュニジア  その3
 ボン岬の近くには海の中に温泉が湧き出ていて、
冬でも泳げる。もっとも1月、2月でも昼間の最低気温が
平均10度位と暖かい。
 海水浴場も沢山あって首都のチュニス近くのハマメットや
ジェルバ島には美しい海岸線が広がり、現代的なホテルが
ズラリと並んでいる。
 外国人用のホテルの数は多く、そのどれもが大きくて清潔だ。
従業員も親切で洗練されている。
 ただ北の方にチュニジア人に言わせればスイスの山に
入ったみたいなところがあって、ここのホテルはまさにスイスの
山小屋みたいなシャレー風。泊まるのは狩に来る人たちが
主だとのことだった。
 この近くの海岸地帯には南スペインのアンダルシア風の家が多い。
今から500年位前、グラナダのアルハンブラ宮殿がスペイン軍に
占領されて、中に居たアラブ人達は泣きながら(実際には整然と
隊伍を組んでだったらしい)海に向って逃げて行ったと聞いて、
いったい彼らはどこに行ったんだろうと不思議に思っていたのだが、
地中海を渡ってこのあたりに住み着いたのだそうだ。何代も
経っているのに、今だにスペインへの望郷の念が強く、
スペイン風の苗字や名前の人もいる。
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by pincopallino2 | 2008-08-30 13:06
チュニジア  その2
 チュニジアは観光資源が豊富。カルタゴをはじめとして
原住民ベルベル族の造った国ヌミディアのほか、ローマ、ビザンティン
アラブその他の遺跡が沢山あって、そのそれぞれが築いた民族によって
趣を異にし、面白い逸話も数々残しているので楽しいこと限りない。
 オアシスだって砂漠ばかりでなく、山、海のものがある。
変った景色にも随所でお目にかかれるし、晴れた日に北の果てのボン岬に
立てば、イタリアのシチリアが見える。
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by pincopallino2 | 2008-08-29 19:02
チュニジア その1
 北アフリカの地中海沿岸の地方はまとめてマグレブとよばれることがある。
日没する地と言う意味のアラビアの雅語だそうで、西からモロッコ、アルジェリア、
チュニジア等の国々を指すようだが、リビアも入っていることがある。
 このうち、特に素晴らしいのはチュニジアではないだろうか。
日本の半分にもみたないような小さな国の上、南半分は砂漠と
大きな塩の海が占めている。北部の方の土地も決して肥沃とは
言えない土の色をしているが、住民は一生懸命耕して見事な柑橘園、
棗椰子の畑を作っている。ここでは棗椰子の実が熟してくると
透明なビニールの袋で一房づつ包むので、蝿などがたかる心配がない。
オリーヴの生産量は世界第4位で、品質も良い。第二次世界大戦後
フランスから独立したばかりなので、国としてはまづしいが、将来の
学術国家を目指して教育費は唯とのこと。子供達は埃だらけの道を
2キロも3キロも歩いて通学している。
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by pincopallino2 | 2008-08-28 18:57
リビア人の性格
ベンガジの町を歩いていたら、店の前の縁台に坐っていた
穀物商の親爺にヤパニー(日本人?)と声を掛けられた。
そうだと言うとマア坐っていけと縁台に腰掛けさせられ、
日本のことを盛んに聞く。そのうち店の小僧に言いつけて
ミントティーを買いに行かせ、奢ってくれたことがある。
 滞在期間を延ばす為旅券とヴィザを持って入国管理の
事務所に行った時も、係官はとても親切且つ友好的でしかも
礼儀正しく、日本の横柄に役人風をふかす公務員と比べて
リビア人が羨ましかった。
 リビア人は一般的に親切だが、日本には特に親近感を
持っていたらしい。
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by pincopallino2 | 2008-08-26 14:36
トリポリの夜
 地中海に面したトリポリは海岸通りに灯台があって、
夜になると海ばかりでなく、町の家並みも照らし出していた。
丁度映画のカサブランカみたい。
但しトリポリのは緑色だった。
 泊まったのは当時、この町で最高と言われたホテル、
ワッダン。ワッダンというのは砂漠にいる動物で、
口から火を吹くのだそうだ。見たことがあると言う人も居たが、
実在する狐か狼の一種をモデルにした伝説上の動物で、
口の中が赤いから火を吹いているように見えるのだろう。
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by pincopallino2 | 2008-08-22 10:24
トリポリ
 同じ地名がレバノンの方にもあるが、これはリビアのトリポリ。
地中海沿岸の都市で、ベンガジがエジプト寄りなのに対して
西の方、チュニジアに近い。
 リビアのことばかり書いているようだが、リビアは古代ローマの頃から
イタリアとは関係が深く、素晴らしいローマ遺跡が残っている。
不便な所にあるので長い間顧みられなかったり、砂にうずもれていたり
したから、保存状態は良い。
 更に第二次世界大戦の頃はイタリアの植民地だった。
始めて行ったのは43年前のまだ王政の時代。ベンガジではイタリア語が
もう殆ど通じなくなっていたが、トリポリには結構話す人が居て、
イタリア映画も上映されていた。
 ベンガジに比べて大きな都会で洗練されている。海岸の散歩道に
棗椰子が植わっていたが、落ちた実に蝿が群がっている。それを見て
何十年か後チュニジアに行くまで棗椰子の実は食べなかった。
 町の外れがカスバになっていてスーク(市場)があるから中に入ってみた。
汚い店が並び、戦争直後の日本の闇市みたいに色々なものを売っているから
面白がって歩き回っていたら、オジイサンが今剥いだばかりの
血のしたたるような羊の生皮をナイフでぞうりの形に切っていた。
傍にやはり殺したばかりの羊の毛皮が放り出してあって大きな目が
こっちを見ている。その悲しそうな、恨めしそうな眼差しに思わず
ゾッとして、スークから飛び出した。
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by pincopallino2 | 2008-08-21 13:51
ベンガジの空港
 二回目に行ったら小さいながら奇麗なターミナルビルになっていたが
最初に着いた時はひどかったというよりすごかった。
カイロからコメット。コメットって知ってますか?ジェット旅客機の
最初の頃の英国の飛行機で、胴体が細く、エンジンが翼の中に
入っていて格好良かった。そのコメットのファースト クラスで昼頃
着いたが、飛行機はロンドンあたりにまで行くので、ベンガジで
降りた客は僕を含めて数人しかいない。
 パスポート検査と税関は同じ建物だったがボロボロの木造の小屋で、
板葺きの天井は穴だらけ。青空が見えた。夜はお星様が見えて
風流だろう。雨が降ったらどうするんだろうと気になったが、
考えてみたら雨なんか滅多に降る土地じゃない。
 税関検査を終えて外に出たら、タクシーが数台待っていたが、
どれもこれも廃車を更に廃車にしたような酷い代物。
町に着くまでエンジンが止まったり、タイヤが外れてどこかに飛んで
行ってしまいそうなのばかりだから敬遠して、空港連絡バスを
待つことにした。次のバスまでには40分位あるということなので、
ターミナルビルの横にある、これもボロボロのベンチに坐っていた。
周りは見渡す限りの野原でところどころに木が生えているだけ。
人っ子一人いない。すると突然子供がニ三人僕のすぐ傍を歩いていく。
学校帰りらしくランドセルのようなものを背負っている。何処の国でも
子供は同じだなと眺めていたが、一寸目を離した途端に彼らの姿が
見えなくなった。遠くまで見晴らしの利く平坦な土地なのに、
話し声も聞こえなくなった。第一、学校はおろか人家も一軒もない。
一体彼らは何処から来て、何処へ行ってしまったんだろうと今だに
不思議に思っている。
 そのうちにバスがやってきた。見るとさっきのタクシーに輪をかけた
ようなオンボロ バス。仕方がないから乗ったが乗客は僕一人。
途中の道端にはなんだか知らない大きな動物の白骨死体が所々に
転がっていて不気味なこと、このうえない。
 うっかりしていたが、予約したホテルに行くには何処で降りたら
良いのか分からない。運転手は現地語だけ。しようがないから
終点まで乗った。
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by pincopallino2 | 2008-08-20 18:49
シロッコ  昨日の「砂嵐」の続き
 翌日の朝は風も弱まり、飛行機も飛ぶというので早速ローマに帰った。
途中、地中海の上で、赤茶けた積乱雲を追い越した。
傍を通った時よく見たら砂漠の砂が舞っているのだった。
 ローマについて暫くしたらシロッコがやってきた。
急に温度と湿度が上がって、気持ち悪いことこの上ない。
空気が埃っぽく、大理石の壁まで汗をかく。
 皆から「お前がシロッコを持ってきたんだろう」と言われたが、
シロッコはアフリカの砂漠で起こった砂嵐が地中海を越える時
湿気を含んで、イタリアやフランスにやってくる風だということを
始めから終わりまで体験した。
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by pincopallino2 | 2008-08-19 15:10
砂嵐
 東洋加熱と言う会社がリビア砂漠で石油の貯蔵タンクを造っている
現場に行った時のこと。中近東のどこかでおなじようなものを造って
いたらリビアの高官が出来栄えの素晴らしさに感嘆し、自分の国にも
造ってくれと言われたのだそうだ。
 夜遅くなったし、ベンガジの町までは200キロ位あるので、
その晩は事務所に泊めてもらったが、朝飽きて見る砂漠は本当に奇麗だった。
空も地上も澄み切っておだやかだ。
 そのうち、そよ風も吹き出して誠に心地好い。
でも風は次第に烈しくなって、南の方の空が吹き上げられた砂で
黄色くなりだした。でも見上げる真上の空は真っ青でおだやかそのものだ。
風はドンドン烈しくなって、事務所の中まで砂が舞い始め、3メートルくらい
先にぶら下がった裸電球がボンヤリ見えるようになってきた。
「今ならまだベンガジ迄帰れると思うから車をだしてやるが、このまま
此処にいたらこの風何時止むか分からない」と言われて、ホウホウのていで
逃げ出した。
 でも途中が酷かった。風も海の波と同じようにある程度の時間をおいて
烈しく吹きつけてくるが、そんな時は一寸先も見えなくなる。砂は口の
中にも飛び込んでくるが、砂と言っても赤土が細かく砕けたとのこのような
ものだから口の中がニチャニチャする。
 おまけに自動車が故障した。砂漠のド真ん中で動けない。ボンネットを
開けて中を覗いていた現地人の運転手の頭が吹き付けてきた砂で
一瞬の間に真っ白くなったのを見た時はもう死ぬのかと覚悟し、
思わず神に祈ったが、口をついて出たのは日本の神様でもなく、
仏様でもなく、ましてキリスト教の神様でもなく、砂漠の民の神様
アラーだったのには我ながら驚いた。でもそのアラーの神様のおかげか
自動車が動き出した時には一応アラーにお礼を言っておいた。
 やっと戻ったベンガジの町でも強風が吹いて電線がヒューヒュー
鳴っていた。日本なら冷たい木枯らしで電線が鳴るのは冬の風物詩の
一つだが、熱風で鳴るのではしらけてしまう。
 女性は皆ヴェールを被っているが、女学生のは薄く、顔が透けて
見えるようになっている。砂を防ぐのが目的なのかもしれない。
 無地着いた旨をアジェダビアに連絡したが、一方交通の無線機のうえ
砂嵐で雑音がひどく、こちらの言うことが聞こえたかどうか分からない。
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by pincopallino2 | 2008-08-18 13:39