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納めの不動
 東京日本橋の薬研堀(やげんぼり)は
江戸時代からか七味唐辛子で有名な所だが、
お不動さんがあって縁日は毎月28日。
12月の縁日は「納めの不動」といって
27,28,29の3日間、夕方から近くの繊維問屋街
横山町の商店が売れ残ったもの等を滅茶苦茶に
安く売るのでゴッタかえす。
 かって靴下を10足50円で買ったらオマケだよといって
ハンカチを10枚貰ったことがある。
 29日、久しぶりに行ってみたが、人通りもマバラ。
テキ屋の店みたいなのが巾をきかせて、昔の面影はない。
多分お縁日の夜はもっと賑やかなのだろう。
 来年は28日に来よう。
 
 良いお年をお迎えください。
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by pincopallino2 | 2008-12-31 11:12 | Comments(3)
南イタリアのプレセピオ
 プレセピオなら「南に行かなくちゃア」とイタリア人はよく言う。
ナポリにあるバカバカしく大きいプレセピオのことを言っているのだろう。
詳しいことは忘れてしまったが、ナポリを治めていたブルボン家の
王様が造らせたものだそうで、20畳位の部屋でも入りきれない。
飾ってある人形の数も多くて、聞いたことがあるが、忘れてしまった。
あまりにもスケールが大きいので、キリストがどこにいるのか
探すのに骨が折れる。いつの時代か分からないものの庶民の生活が
見られて面白いが、子供達にキリストの生誕を再現して見せようとした
サン フランシスコの精神から逸脱しているように思える。
 このプレセピオ、ナポリ近くのカゼルタの王宮にあるが、その前に
ナポリの王宮だか博物館で同じようなものを見たような気がする。
似通ったものが二つあるのか、或いはナポリにあったものをカゼルタに
移したのか判然としない。或いはカゼルタで2回見たのかもしれない。
 もう一つ大きなプレセピオがシチリアのタオルミーナにある。
町外れの郵便局の隣にある小さな教会だが、今は廃寺になっていて、
お堂いっぱいにプレセピオが広がっている。昔は照明もなく、人形も
埃だらけで、蜘蛛の巣まで張っていたが、最近はきれいに掃除して
照明もつくようになった。そのうち入場料をとるだろう。
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by pincopallino2 | 2008-12-30 13:05 | Comments(2)
中部イタリアのプレセピオ
 ウンブリア州の州都ペルージアの近くにトルジャーノという町がある。
ルンガロッティなどというワインの産地で領主の館だった良いホテルもあるが、
ここでは素焼きのプレセピオの人形を売っている。ビニールの袋に20体くらい
入っていて、大小色々あるようだが、僕の持っているのは親指の頭くらいの
小さなもの。自分で好きなように色付けをして飾るようになっているものの、
素朴さも良いので僕は素焼きのまま使っている。クリスマスの頃ばかりでなく、
町の人形やみたいなところで売っているがワイン博物館にもあるはず。
安いものだ。
 ウンブリア州とローマが州都のラツィオ州の境にほど近い山奥にグレッチョという
場所がある。ここの修道院にはプレセピオが沢山あるが、中に1223年だかの
クリスマスの際サン フランチェスコが始めて作ったという物が残っている。
だから、プレセピオを考えだしたのはサン フランチェスコで、彼は子供たちに
キリスト降誕のことをわかりやすく教える為に考案したのだという。
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by pincopallino2 | 2008-12-29 12:43 | Comments(4)
北イタリアのプレセピオ
 昨日書いたプレセピオの続き。
 キリスト降誕の情景を人形で再現したものだから
プレセピオ(馬小屋)といった名前がつけられたのだろう。
丁度日本の5月人形のようなもので、クリスマス近くになると家庭ごとに飾っていた。
昔はクリスマス ツリーなんか少なく、商店のウィンドーに飾られているプレセピオも
今みたいに多くなかった。
 数年前プレセピオの好きな人たちのツアーをやったことがある。
プレセピオというと南イタリアだと言う人が多いがその時は北イタリアだけ。まづ
オーストリアとの国境ブレンネル峠まで60キロのブレッサノーネ、個人的に
好きな町の一つだが、ここの司教区博物館にプレセピオのコレクションがある。
素朴なものから凝ったものまでズラリと並んでいて、オーストリア、ドイツのものが
多いのも、土地柄だろう。
 ついでトリノへ。王宮前の広場で仮設の大プレセピオ展をやっていたからだ。
南米の物まで集めていて面白かった。
 最後はワインの産地ドリアーノで人間プレセピオ。住民が人形の代わりをして
旧市街全体がイエズスの生まれた時に戻る。電気は全部消してあたりを照らして
いるのは方々の家の壁につきさしてある松明と星の光だけ。群集に混じって
ローマ軍団の兵隊が歩き、大道芸人もいる。店をのぞくと女占い師がいたり、
酒場では男たちが笑いさざめいている。皆当時のユダヤの服装をしていて
2千年前の昔に戻る。24日のよるになると、イエズスが生まれた場所から空に
向けてサ-チライトが照らされる。この人間プレセピオ、最近のイタリアでは方々で
行われるようになった。
 24日イタリアを去る日、ホテルを出た途端雪が降り出して、皆ホワイト
クリスマスだと大喜びだった。
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by pincopallino2 | 2008-12-26 13:17 | Comments(0)
ローマのクリスマス
 始めてのローマのクリスマス。さぞ派手で賑やかだろうと
楽しみにしていたが、何にもない。僕の通勤路だった
サン ピエトロ寺院の前の広場も静かそのもので、
今みたいにプレセピオを飾ったり、樅だか杉のクリスマス
ツリーもなかった。プレセピオも半世紀前にはそんなに
見かけなかったように思う。
 ただ一つ、サン ピエトロ寺院の丸屋根の天辺から
溝に沿って何本もの電気のコードを延ばし、一定の間隔を
おいて普通の電灯をつけていた位だ。簡素ながら実に
美しいイルミネーション、僕の家からも見えた。
 電気のない時代には綿に石油だかを滲みこませて
火をつけていたそうだ。
(プレセピオ:キリスト生誕の時の場景をお人形で再現
したもの。アッシジのサン フランチェスコが考え出したのだ
そうで、彼が作ったといわれるものが、ローマからそれほど
遠くない山奥に残っている)。
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by pincopallino2 | 2008-12-25 17:18 | Comments(0)
赤い矢 号    
 モスクワ、サンクト ペテルブルグ間を走る特急列車「赤い矢」号は
ソヴィエト時代から有名だった。日に3、4本あるようだが、僕が乗るのは
いつも寝台列車ばかり。モスクワを真夜中に出てペテルブルグに翌朝着く。
モスクワの発着駅がペテルブルグ駅、ペテルブルグの発着駅がモスクワ駅と
わかり易そうでコンガラがる。
 各車両ごとに入り口に車掌が立っている。全部女性で大抵はデブデブの
おっかなそうな顔をしたおばちゃんだが、最初に家内と乗った時は幸いにも
綺麗で上品な中年の女性だった。
乗客が全部乗り終わるとその車掌が切符とパスポートを各コンパートメント毎に
取りに来て、ついでに朝食の弁当とティ バッグとかんぬきをくれた。
なんの為のかんぬきだかわからないのでポカンとしていたら、コンパートメントの
ドアを閉めて中からかうのだと実演してくれた。発車すると彼女らはスチュワーデスに
早変わりしてお茶を持ってきてくれる。真夜中に喉が渇いたので廊下の隅にある
サモワールにお湯を入れに行ったら彼女が見ていて部屋まで持ってきてくれた。
 その後は乗るたびに車両がよくなり、朝食の弁当の内容も格段によくなった。
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by pincopallino2 | 2008-12-24 16:30 | Comments(0)
オーストリアの汽車弁
 オーストリアを始めて訪ねたのは50年近く前のことだったが
ウィーンからサルツブルグ迄特急に乗ったら蒸し釜みたいのを
持った車内販売が来た。中にお湯を入れて温めたソーセイジを
売っているのだが、黒っぽい食パンみたいのに芥子を塗り、
その上に乗せてたべるのが寒い時期だったせいかとても
美味しかった。昔はウィーンの街角でも同じようにして
売っていたものだが、最近は減ったようだ。
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by pincopallino2 | 2008-12-22 14:14 | Comments(0)
スペインの列車  続き
 スペイン版新幹線のアヴェにもよく乗ったがタルゴという独特な列車は
まだ健在なのだろうか。ジュネーヴ、バルセロナ間を走る国際特急は
この列車を使っていてカタラン タルゴ号といった。
フランスとスペインでは線路の幅が違うので相互乗り入れが
出来ないのだそうだが、この列車は走りながら車輪の幅を
変えることが出来た。タルゴという名前はその装置の略号と
発明者、その発明に金銭上の援助をした人の名前の頭文字を
組み合わせたものだと聞いたことがある。フランスのモンペリエ
からバルセロナ迄乗った時は20名ばかりのお客さんを連れて
いたので、発車を10分ばかり遅らせてしまった。ジュネーヴから
リヨン迄の時は出発前から食堂車で昼食を食べ始めたが、
目的地に着くまでに食べきれず、デザートを残して飛び降りた。
その時これだけは飲んで行けと言ってボーイが差し出してくれた酒の
芳醇な味はいまだに忘れられない。この列車、車両がばかに短くて
車輪は連結器のところについているのだそうだ。寝台車もあって
たしかバルセロナ間を乗ったこともある。前にレールの巾が違うので
フランスとスペインでは列車の相互乗り入れが出来ないと書いたが
バルセロナから普通の列車に乗ってそのままフランスに入った記憶がある。
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by pincopallino2 | 2008-12-20 03:21 | Comments(0)
スペインの汽車
 45年ほど前、住んでいたローマから家族連れで
スペインに遊びに行った。
 トレードにも行こうとしたが、マドリドからは今みたいな
よい道がなく、観光バスも少ないので、汽車で行くことにした。
 ところがその汽車、定刻になっても停まったまま。
30分過ぎても出発する気配がない。たまりかねて車掌室に
行ったら足を2本机の上に乗せたまま「出る時になれ出るよ」と
煙草を吸っている。
 結局1時間近く経ってから発車したが、線路に沿った原っぱに
うつっている影を見たら蒸気機関車が一生懸命煙を吐いて
客車を引っ張っていた。
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by pincopallino2 | 2008-12-19 15:04 | Comments(0)
イタリア国鉄 4
  ミラノ・チューリッヒ間の特急列車はスイスの方から
アルプスを越えて降りてくる途中の景色が好きで時々乗ったが、
コモだかからミラノまで乗った時のこと、スイスに住んでいる
オバチャンが大声で、スイスで切符を買うと安いのに、
イタリアで買うと高いとぼやいていた。まだイタリア通貨が
リラの頃の話し。
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by pincopallino2 | 2008-12-18 12:50 | Comments(0)