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夏越の祓い (なごしのはらい)
 6月30日は夏越の払い。神社では萱の葉で編んだ丸い茅の輪「ちのわ」を造って境内に
置く。氏子達は人の形に切った紙、「おひとがた」に姓名、年齢を書いて神社に納め、
茅の輪をくぐって正月からの半年間の災いや穢れ、罪を消してもらう。おひとがたは
神社でお祓いをした後まとめて燃すか、川に流すが、今は川を汚さないよう燃すようだ。
 かって愚息がニュヨークで仲の良かったアメリカ人の友達が丁度この時期に日本に来た
ので、夏越の祓いに連れて行き、茅の輪もくぐらせた。一通りの行事が終わったので拝殿を
見に行ったら氏子総代達が直らい(なおらい)の酒盛りを始めていて、靴を脱いであがれという。
こんな神聖な場所に異教徒が入ってもよいのかと二の足を踏むのを無理矢理あがらせると
今度はお神酒を飲ませられたアメリカ人、神と人間がこんなに親しい宗教があるとはと
驚いていたそうだ。
 排他的なところのある1神教に比べて多神教の神様はおおらかだ。
大晦日にも同じような神事が行われて年の後半の穢れを落として新年を迎えるが、
この時は大祓い「おおはらい」といって茅の輪でなく、四角いものをつくる。
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by pincopallino2 | 2009-06-30 13:34 | Comments(0)
聖ヨハネのお祭り
 時期を失した感があるが、6月24日は聖ヨハネの祭日。
ヨハネが守護聖人のフィレンツェではこの日は休日。
色々な催し物が行われる。
 日本の鎮守様のようにヨハネを守護聖人にしている町や
村はイタリア中に沢山あって、シチリア東海岸のアチ レアーレだか
アチ トゥレッツァでもにぎやかなお祭りに出くわしたことがある。
 聖ヨハネはイタリア語では サン ジョヴァン二(San Giovannni).
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by pincopallino2 | 2009-06-29 10:36 | Comments(0)
フランコ政権時代のマドリド
 独伊の降伏後唯一のファシスト政権下にあったスペインを初めて家族で
訪れたのは45年位前のことだったろうか。
 マドリドの目抜き通りグラン ヴィアは当時違う名前だったが交通渋滞の激しいこと。
待ちきれなくなって赤信号でも突っ走る車が何台もいたが、すぐその先がつまって
いるのでとまってしまうから、お巡りさんはゆっくり歩いて行って違反切符を切っている。
捕まるのが分かっていても信号無視をしてしまうのがスペイン人気質なのかもしれない。
なにしろ、町の中は変な帽子を被ったお巡りさんだか憲兵だらけだった。
 夜、繁華街のプエルタ デル ソルの方に出かけたら、トテツもない美女に出会った。
思わず声を掛けようとしたが、女房、子供が一緒なので辛うじて思いとどまったものの、
見るとあちこちに所在なさそうにしている若い女性がいる。街娼なのだそうだが、道で
ただ立っていると交通妨害で捕まってしまうので、店のウィンドーを覗いているふりを
している。
 夜も更けてくるにつれて、街の方々から手を叩く音が聞こえてくる。何をしているんだろうと
見ていたら、マンションの鍵の番人を呼んでいるのだ。当時のスペインではマンションの
住民は自分の家の鍵は持っているが、マンションの建物に入る鍵は持っていなかった。
だから管理人が寝てしまってから帰ってくる住民は一晩中マンションの鍵を持っておもてで
ブラブラしている男を手を叩いて呼ぶわけだが、鍵男は一軒だけでなく、何軒ものマンションを
かけもちしているから結構忙しいし、開けてもらった男の大半は酔っ払っているから家に入る
前に近所の酒場か喫茶店でもう一杯ひっかけ、ついでに鍵男にもおごってやるから、
鍵男も段々酔っ払ってきて、真夜中を過ぎる頃にはべろべろになっている。
 王政になってからは綺麗で明るい感じにはなったものの、こんな楽しい風景がなくなって
一寸つまらなくなった。
 今でも夜中に手を叩いている酔っ払い、それにこたえてオーと叫びながら走っていく
昔のマドリドの夜の町を懐かしく思い出す。
 グラン ヴィアも昔どおりの名前でよんだら皆変な顔をする。聞いたら前のはフランコ時代の
将軍だかの名前だったのだそうだ。
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by pincopallino2 | 2009-06-27 11:32 | Comments(0)
ニューヨークの教会での賭けごと
 夜、ニューヨークに長く住んでいる友達と町を歩いていた。
途中に教会があって人がザワザワ。お祭りらしい。
友達が地下に降りていくのでついていくと、札を買って
係りの者と勝負をし、10ドル儲けた。
 お祭りの資金集めとして許されているのだろうが、
教会の中でやるとはと驚いた。
 もっとも日本でも昔の富籤は神社でやっていたから
同じようなものか。
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by pincopallino2 | 2009-06-26 10:25 | Comments(0)
トルコでの皆既日蝕
 今年は日本でも皆既日食が見られるとのことだが、僕はトルコで素晴らしいのを
見たことがある。2006年の3月、旅行社をやっているので、お客様に添乗して
トルコのアナトリア地方の旅に出た。元来がひねくれ者だから有名な観光地
ばかりでなく一寸特殊な所も入れる。この日も前夜泊ったアンタルヤを発って
トルコ南部の地中海沿岸をペルゲ、アスペンドス、シデの遺跡と訪ね歩き、
シデで昼食とした。天気は快晴。海辺のレストランで食べ始めたあたりから
かけ始めた太陽は食事が終わる頃にはあたりがうす暗いほどになり、
固唾を呑んで見ているうちに皆既日蝕となった。晴れ上がった空に金環食が
綺麗に見える。夕方と間違えた鳥が啼きながら群れをなして飛んでいく。
海もたそがれ時の感じだ。広い砂浜のあちこちに居る人たちも寂として声がない。
やがて光が戻り始めると、皆われにかえってお互いに抱き合った。国籍も民族も
男女の差別もない。涙を浮かべている人も、泣いている人もいる。
素晴らしい光景だった。
 壮大な自然現象を前にして戦争なんて絶対に起らないような雰囲気だった。
残念ながら日本人の観光客には会わなかった。
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by pincopallino2 | 2009-06-25 10:25 | Comments(2)
ギリシァのサントリーニ島
 エーゲ海に浮かぶサントリーニ島は元来火山島で、平凡な形をしていた。
今でもティラの町の裏側の海辺に行くとその頃の面影が偲ばれる。
現在のような形になったのは3500年程前に起った大噴火によるもので、
残った周辺部が真中の湾を取り囲んでいる。富士山が爆発して火口付近が
吹っ飛び、周りだけが残ったらこんな形になるのだろう。
湾は噴火口に海水が流れ込んで出来たもので、真中にある島は地震後に
海中から盛り上がってきたものだそうだ。
 当時、この島には人が住んでいて、今はたしかアテネの考古学博物館に
展示されている「ボクシングをする少年」といった素晴らしい絵画を残すほど
高い文化を持っていた。
 住居跡も家自体がまだ立っているものもあって、昔の街並みのまま残っている。
南エーゲ海の島々にまで地震と津波による壊滅的な災害をもたらした程の大噴火、
大地震にもかかわらず犠牲者はポンペイ等と違って一人も見つかっていない。
多分事前に大災害を察知してよその島に逃げていったのだろうと推測されているが、
よっぽどの指導力、統率力のある族長が居たのだろう。
 眺めの見事な島なので夏になると大型の観光船が次々と入ってくるが、
火口湾の為水深が深すぎて錨も底まで届かない。致し方ないので、ブイを浮かべて
それに船を係留している。
 湾内で泳ぐことも出来るが、場所によっては海水が温泉みたいに暖かい。
多分海中ではまだ噴火しているのだろう。
 今でも百年のうち1,2回は海の水が赤く濁ることがあると、お婆さんから
聞いた話しを村の娘さんが話してくれた。
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by pincopallino2 | 2009-06-24 11:44 | Comments(0)
権五郎神社
 鎌倉、七里が浜の方に抜ける江ノ電のトンネルの入り口の
所にある権五郎神社は源頼朝の家来だった鎌倉権五郎を祀った社。
権五郎と言う人はたいへんな力持ちであったらしく、手玉に取った石、
袂に入れていた石なんていうのが境内にある。
 このお宮のお祭りは奇祭で、9月14日だか15日だかの当日は
汚い面をかぶって乞食の身なりをしたり、お腹に座布団を入れて
妊婦に化けたりした人たちが練り歩く。
 非人面行列と言って、頼朝が貧しい人々の面倒を良く見てやったので、
そのお礼に参上する時の再現だということだが、たへんな女好きだった
頼朝の魔手から逃れる為女性達がわざと汚く乞食のように変装したのだと
言う説もある。
 参道の入り口に小さなお菓子家があって(多分)手製の力餅を売っている。
なんの変哲もないアンコロ餅だが戦前の子供時代から食べていたから
妙に懐かしいし、i美味しい。
 権五郎様から裏道を通れば長谷観音はすぐだ。
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by pincopallino2 | 2009-06-23 10:55 | Comments(0)
犬猫供養
 昨日6月20日は例年の如く藤沢の時宗(じしゅう)総本山遊行寺(ゆぎょうじ)で
犬や猫等への法要が行われた。
 家人も参列したが、90歳を超える管主が「猫や犬なんかの供養をするなんてと
言ってくる人もいるが、犬、猫に限らず、吹く風、海の波など森羅万象、全て人間と
同じ」と言ったような説教をしたとのこと。修行を積んだ僧侶の言葉を自分として
どの程度理解しているかは分からないが、同感禁じえない。
 時宗の開祖は一遍上人で、長野の善光寺で念仏一筋の他に自分の進むべき
道は無いと悟り、同じ長野の佐久で念仏踊りを始めたのだそうだ。江戸時代のこと、
字も読めない農家の人達に念仏だけを唱えなさいと教え、それだけでは飽きて
しまうだろうと、踊りという娯楽性を加味した発想は素晴らしい。
 遊行寺では毎年10月だか11月だかの夕方、常世の闇とかいった行事を行う。
本堂の灯がだんだん消えていって真っ暗闇になるが、やがて灯が一つづつともって
いってもとの明るさに戻る。詳しい由来はしらないが、北欧などによくある
冬至の祭りに似たものかもしれない。
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by pincopallino2 | 2009-06-22 11:15 | Comments(0)
サン フェりーチェ チルチェオ
 ローマに住んでいる頃はティレニア海沿岸のサン フェリーチェ チルチェオに
よく行った。
 はじめのうちはローマ以南の高速道路がまだ出来ていなかったからナポリに
行くにはこの傍を通らなくてはならなかった。道は色々あるが、ローマからまっすぐ
海に出て南下してもよし、2千年前に出来たアッピア街道を通り、古代ローマ時代
からの町々が並ぶカステッリ ロマーニで道草を食いながら行くのも楽しかった。
 チルチェオ近くのサバウディアでは海岸べりに幾つか湖があって、その横を走ると
車より湖面の方が高く見えた。
 サン フェリーチェ チルチェオには海辺にホテル兼業のレストランがあり、
乗って来たヨットを店の前にもやって食事が出来るようになっていたが、
近頃はホテル自体も改装されて昔の雰囲気がなくなってしまったようだ。
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by pincopallino2 | 2009-06-20 02:04 | Comments(0)
機長の死亡
 昨日ブラッセルからアメリカに向けて飛び立ったコンチネンタル航空の機長が飛行中
急死して、副操縦士2名が操縦してニューヨーク近くのニューワーク空港に緊急着陸した
そうだが、昔、似通ったことが羽田でもあった。
 着陸態勢に入っていたオランダ航空機の機長が急死。副操縦士が慌てて操縦桿を握り、
飛行機を一回上昇させてから改めて着陸しなおした。機長の遺体はドア近くの床に寝かせて
あったが、今回の事件に比べて副操縦士はその場に一人、しかも着陸寸前だったので、
一つ間違えれば大惨事になるところだった。
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by pincopallino2 | 2009-06-19 11:19 | Comments(0)