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日本人とイタリア人  12
或る日イタリア人が店にやってきた。自分は近いうちに日本に行くことに
なった。ついては日本語の単語を「今日わ」、「今晩わ」、「さようなら」、
「有難う」、ものを頼む時の「どうぞ」の五つだけ教えてくれという。
 勿論快く教えてやって彼は喜んで帰っていったが、それから30分ほど
経って、今度は日本の旅行者がやってきた。どこかの会社の社長だと  
いうことで、背広もリューとして着こなしている紳士だ。
彼もイタリア語を教えてくれという。先刻のイタリア人のことを思い出しながら
今日はボン ジョルノと教えだしたら、「そんなのはいい。高い、まけろだけ
教えろ」といった。
 偶然にも同じ日の同じ時間帯のせいもあったのだろうが、戦後間もないのに、
日本人は前に来たイタリア人に比べて精神的に此処まで堕落してしまったのかと
暗然たる気持ちだった。
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by pincopallino2 | 2011-06-30 10:22 | Comments(0)
日本人とイタリア人 11
  まだ日本人の海外渡航が制限されていた時分、ローマに有名な全国新聞の
かなり上の方の記者が来た。毎日食事時になると事務所にやってきて座り込む。
しまいには「ローマという所は不便な町だな。食事をしようと思ってもレストランが
ない」と変なことを言い出した。一人ではレストランにも入れないんだろうと食事に
誘ったらサア大変。急に元気になってレストランでは大声でわめき、
「農協の奴等はな西欧式の礼儀も作法もわきまえない」と悪口を言い出した。
  でもその頃僅かながらでも来始めた農協の団体は「我々は西洋の作法を
知らないから何でも遠慮なく教えてください」ととても謙虚だったし、
農家や畑などに見学に行くと畑の土をなめて、イタリアの農夫と肩を叩き合ったり
して日伊友好の為にもすばらしかった。
 そんな農協の団体のことを馬鹿にした新聞記者はいくら注意してもきかずに
大声で話しながらマナーもエチケットもあらばこそ、ナイフやフォークを振り回し、
しまいにはお皿を抱えて食べ始めて周囲の客の顰蹙をかっていた。
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by pincopallino2 | 2011-06-29 10:39 | Comments(0)
日本人とイタリア人  10
  たしか昭和の初期、アメリカに渡って苦学した作家前田河広一郎の
小説だか随筆だかに「ニューヨークの町を歩いていると方々でペコン、
ペコンと音がする」と書いてあった。
 ニューヨークの町は忙しい。沢山の人が急ぎ足で歩いているから
ぶつかってI beg you pardonだかpardonとあやまっているのが
ペコン、ペコンと聞こえたのだそうだ。
 僕の生活圏内である東京の一部だけの現象かもしれないが、昔は
日本人もぶつかったりするとどっちが悪いのではなくあやまったものなのに、
最近はだんまりが多く、逆に睨みつけたりする。
 イタリア人は結構あやまる。買い物の時でもコンニチワ、サヨナラと挨拶
しているのをよく聞く。事務的な電話でもそうだが日本人は何も言わない人が
多い。電話をしながらぺこぺこお辞儀をしている人は多いのに、どうして
挨拶が出来なくなってしまったのだろう。
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by pincopallino2 | 2011-06-28 11:26 | Comments(0)
日本人とイタリア人  9
一人で居る時、 日本人はどちらかと言えば無愛想だがイタリア人は
知らなかった人とでもすぐ仲好しになる。
 昔、日本人のグループを連れてハワイ、マウイ島のホテルに泊まった時のこと。
ベッド ルームの他にクラブ ルームをくれた。随分サーヴィスが良いんだネと言ったら、
日本人は一人、二人の時は本当に静かで良いお客さんなのだが、何人かでグループに
なると途端に人が変わって手がつけられない。 バーになんかいかないで、
仲間の部屋に集まって大声で話し、回りの部屋のお客さんから苦情が出るので、
離れた所に部屋を提供するのだとのことだった。隣近所への配慮が無くなってしまうようだ。
 かって通商条約のことで日本に行くイタリアの経団連をローマからコペンハーゲンまで
連れて行ったことがある。まだローマからの日本航空の便がない頃なので
デンマークから北極回りの便に乗せる為だったが、コペンハーゲンに一泊しなければ
ならない。 一流ホテルを取ったが、夕食の時、イタリア人の一団が食堂に入って
行ったら途端に賑やかになって、それまで静かに話していたデンマーク人が皆
逃げ出してしまった。
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by pincopallino2 | 2011-06-27 10:36 | Comments(0)
日本人とイタリア人   8.
脚を悪くしてから痛感していることだが、電車に乗っても席を譲ってくれない。
打ち殺しても死にそうもないような若い男が優先席でフンゾリかえっていて、
その前に松葉杖をついた老婆が立っているなんていうのはよく見る風景だ。
 彼らは掲示してある字が読めないのだろうか。読めても内容が理解できない
のだろうか。それともそんなこと無視してしまうほど心が荒んでいるのかもしれない。
僕が若い頃は席を譲らなかったら周りの人に怒鳴られたものだが、最近は子供の
躾を親がやらなくなったらしい。大体優先席を設けなければならないほど日本の
道徳は低下してしまったようだ。かっての日本はどこへ行ってしまってのだろうか。
 どこの国でも乗り物の中で老人や病人、身体障害者に席を譲るのは当たり前。 
イタリアはやや日本的なところがあって、通勤ラッシュの時は譲らなくてもいいんだと
云う奴もいた。
 すいて居る電車の中。一人の子供が座っていた。夢中になって本を読んでいるうちに
電車は混んできて、ふと前を見ると一人の老婆が立っている。すぐに立って席を
譲ろうとしたらその老婆、「ふん、今頃になって」といったそうだ。それを聞いた子供は
それじゃあと、又席に座ってしまった。このこと、イタリアでは結構評判になったが、
大方の人の意見では、憎まれ口をきいた老婆の方が悪いということだった。
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by pincopallino2 | 2011-06-26 11:06 | Comments(0)
日本人とイタリア人  7.
何回も書いていることだが、日本人とイタリア人とは背広の上着の
着方が違う。
 日本人は手を上の方に延ばして袖を通すが、彼等は下の方から
羽織る様にする。
 この着方、何もイタリア人だけでなく、大抵の欧米人がそうだ。
日本人にはかって羽織を着ていた頃の習慣が残っているのかも
しれない。
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by pincopallino2 | 2011-06-25 09:58 | Comments(0)
日本人とイタリア人  6
イタリアではイタリア オリンピックの会長や石油王を始め
随分偉い人達に遭った。
 オリンピックの会長は勲一等をもらった人だったが、気楽に
会ってくれ、こちらの質問に丁寧に答えてくれた。
 石油王と言われ、イタリア経済を立て直した功労者でも
あったエンリコ マッテイも快くこちらの申しこみに応じて
時間を作ってくれた。彼は日本でも有名で、石油会社の
社長達が会いたがった人だが、アメリカの大手石油会社の
陰謀で乗っていた自家用機を爆破されて殺されてしまった。
このことは公然の秘密になっているが、極貧から身を起こした
人のせいか、僕みたいなチンピラにも丁寧に接してくれ、
自らお茶の接待をしてくれた。
 その他、経団連の人たちとも知り合いになったが、皆親切で、
一介の若い日本のサラリーマンをみくだすようなことはなかった。
 それに比べ、日本のお偉方は秘書などを同行して偉びまくる。
但し、偉がるのは日本語が通用する所だけだった。
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by pincopallino2 | 2011-06-24 10:27 | Comments(0)
日本人とイタリア人 5
イタリアで始めて買い物をした時はまごついた。
ちょっと大きな店で品物を選ぶと係りの店員が値段を
書いたメモをくれる。ソレを持ってキャッシャーの所に
行って代金を支払い、レシートを持って係りの店員の
所に戻って品物を受け取る。
 客が動き回って店員が動かないこの売り方、何も
イタリアだけに限った方式ではないが、キャッシャーが
前の客と四方山話しにふけったりしていて、イライラする。
小さな店では一人の店員が全部やってくれるが、お釣が
ある時等はその計算がたいへん。なかなか出来ない。
引き算は品物の価格にこちらの出した金額になるまで
足していくから時間が掛かる。しかも小さい額のお金から
だしてくるから、うっかりすると大きな額の紙幣などを
もらい忘れてしまう。時間が掛かって適わないが、
日本に来たばかりのイタリア人は日本人には時間の
観念がないのかと怒る。買い物をした時、丁寧に包装
する時間が待ちきれないのだそうだ。
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by pincopallino2 | 2011-06-23 16:21 | Comments(0)
日本人とイタリア人  4.
イタリアでパーティがある時、日本人の女性は殆ど着物を着る。
でもパーティ会場では隅の方に一塊りになって、外人と口を
きこうとしない。「壁の花」とあだなされたりしているが、この光景、
日独伊三国協定時代の写真を見ても同じだ。イタリア語は我々
日本人にとって外国語。下手で当たり前なのに物怖じして
イタリア人とは付き合おうとしない。
  これは男性の話しだが、国際会議の際、始めて加盟した
日本航空のスタッフが参加するというので、あるアメリカの女性、
多分小さくてオズオズした人だろうと思っていたら、いきなり
「ハロー、 マイ ネイム イズ 何の誰兵衛 ウヲット イズ
ユア ナイム?」と話しかけられて度肝を抜かれたそうだ。
  これからは男女を問わず積極的にイタリア人のように
話してもらいたい。片言でも恥じることはないし、それによって
言葉もうまくなる。
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by pincopallino2 | 2011-06-22 10:09 | Comments(0)
日本人とイタリア人 3.
 日本人の殊に若い娘さんで「イタリア人はすぐに口説く」、
「イタリアの男はしつっこく言い寄ってくる」と嘆く。
ある一人旅をしていた女性はあまりにも何人の男から
「今何時」と聞かれるので「そこの時計を見たらいいじゃないか」と
どなったら「だってイタリアの時計は全部狂っているんだもん」との
返事。たしかに傍の街頭時計は狂っていたそうだ。
今はみられなくなったが、僕がローマに住んでいた頃は
街角に立っていて、若い女性が通ると「遊ばないか、遊ばないか」と
声を掛けていたものだ。暇にあかせて1時間ばかり
みていたけれど、男達は一様に汚い格好をしているせいか
誰も寄りつかなかった。
 イタリア人もきちんとして毅然たる態度の女性には声を掛けない。
かって、日本の女性は優しくて貞淑なことで彼等の憧れの的だった。
あるテレヴィに全部正解したら何でも望みをかなえてやるという
番組があって、その応募者の一人に日本に行って女性に会いたいと
行ったのがいたが、その日本の女性の人気もやはりテレヴィで
女子プロレスの番組を放映して以来なくなってしまった。
 それにしても集団でイタリアにやってくる若い日本の女性達の行状は
目に余るものがあった。
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by pincopallino2 | 2011-06-21 15:41 | Comments(0)