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ローマ トレヴィの泉のお金
  羅馬の観光名所の一つ、トレヴィの泉には又ロ-マに戻ってこられることを
願って観光客が肩越しに投げ込んだコインが沈んでいて、時々市の清掃人夫が
集めている。
  昔、この小銭を拾い集めた奴がいて、「噴水は公共の建造物。そこに投げ込まれた
お金は観光客が捨てたものだから、誰が拾っても良いんだ」とうそぶいた奴がいた。
  この話し、その後も何回か繰り返されたが、今は羅馬市の物として勝手に拾い集めた
者は泥棒として処罰されるようになった。
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by pincopallino2 | 2011-08-31 10:01 | Comments(0)
トレーヴィの泉の夏の夜
  トレーヴィの泉はいつでも観光客で混雑しているが、
暑い夏の夜は特に面白かった。戦争後間もない当時は
自分達の先祖を尋ねるイタリア系のアメリカ人の観光客が
多く、夜のトレーヴィの泉はハンサムなイタリア男を
あさりに出て来るアメりカ娘で一杯だったが、そんな娘を
ものにしようと張っているイタリアの若造達と丁々発止の
恋合戦が毎晩繰り広げられていた。
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by pincopallino2 | 2011-08-30 19:21 | Comments(0)
夏休み
  10日程前に続いた酷暑で熱中症になり、病院で点滴をしてもらったら
今度は右の脚が赤くはれ上がってたいへん。結局10日以上も病院に
通っていたので、心ならずも休んでしまった。明日から又書き出すつもり。
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by pincopallino2 | 2011-08-29 16:24 | Comments(6)
日本人とイタリア人  55
8月15日。終戦の日だ。僕の家は海岸近くなので、
毎日艦載機の小型爆弾や機銃掃射になやまされたが、
終戦にことはVoice of Americaという米軍の放送を
聞いて知っていたからこの日は勤労奉仕にも行かず
家で不貞寝をしていた。
 天皇の敗戦放送はたしかに正午にあったが、電波状態が
悪い地方ではよく聞こえない為、天皇がしっかり戦おうと
激を飛ばしたと感違えした人も多かったようだ。
 終戦の日も午前中は艦載機の襲来がいつものように
続いたが、天皇の放送以来、ピタッと止んでしまった。
代わりに翌日からは近くの海軍航空隊の基地を飛び立った
日本軍の飛行機が徹底抗戦のビラをまきながら、海に
自爆していった。
  但し、一般人民はおとなしく、翌日宮城前に行ってみたら
沢山の男女が土下座して天皇に負けたことのお詫びを言っていたが、
終戦に反対する暴動なんかは皆無だった。皆虚脱状態だったのかも
しれない。
  イタリアの終戦はもっと早かったが、その時は皆、自宅から
飛び出してきて、抱き合いながら「戦争は終わった」と喜んだそうだ。
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by pincopallino2 | 2011-08-15 10:09 | Comments(0)
日本人とイタリア人  54
ヨーロッパには素晴らしい霊園が方々にあるが、
イタリアでも同じで、ミラノの墓地は有名な芸術家の
作った墓石が並んで、まるで彫刻の森といった感じ。
観光名所にもなっている。
 ジェノヴァの墓地も観光名所になっているが、高台なので
海が遠望できて素晴らしい。
 墓守が案内してくれるが、何代か前の墓守、案内を
する度に「私ははかない墓番をしているが、死後は
こんな立派な墓に入りたい」と云ってチップを集め、
おかげで分不相応なお墓に眠っている。
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by pincopallino2 | 2011-08-14 07:55 | Comments(0)
日本人とイタリア人 53 
  今日は8月13日、旧暦でのお盆の入りだ。本当の旧暦だと
今年の8月13日は現在の9月10日にあたるから 昔は秋風が
立つ頃の行事だったのだろう。
  いずれにしろ、顔も名前も分からない人も多いながら懐かしい
祖先の魂を家に迎えて一緒に過ごすのは情緒豊かで、祖先を
敬う心を心に植えつける行事だ。遠い冥土からの道しるべに
門口で苧を燃やし、ご先祖さん達はその煙の道を牛や馬に乗って
やってくる。馬は胡瓜、牛は茄子に苧の足をつけた手作りなのも素朴だ。
  祖先と一緒の時を過ごす風習はイタリアにもある。
10月1日の諸聖人の日の翌日は死者の日と云って家族一同で
墓参りに行き、祖先の魂と一緒に飲食を楽しむ。縄あたりと似た
風習だが、お墓が密集している所では無理だ。
 躾の上からも是非残したい行事だが、集団墓地が増えている
現在では日本でも消えていく風物詩なのかもしれない。
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by pincopallino2 | 2011-08-13 09:40 | Comments(0)
日本人とイタリア人 52
  イタリア人と家族ぐるみで伊豆の温泉に行ったことがある。
部屋は勿論別々だが夕食は僕達の和室で一緒に楽しんだ。
  ローマっ子の奥さんが僕の残した魚を食べたいという。
何気なく肉用のナイフとフォークで彼女のお皿に移したら
急に要らないと言った。理由を聞いたら魚は魚用のナイフと
フォークを使わなければいけない。魚は腐りやすいが、
魚用の食器は銀だから、悪かったり、毒が入っていたりすると
すぐ色が変わると教えてくれた。肉用の食器を使った魚は
だから食べないというのだが、自分が食べる時に魚用の
ナイフとフォークを使っても同じだと思う。魚を新鮮なまま
輸送出来なかった頃の言い伝えがまだ残って迷信化して
いるのだろう。
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by pincopallino2 | 2011-08-12 10:06 | Comments(0)
日本人とイタリア人  51
日本の企業がイタリア企業に視察団を派遣することになった。
日本側は早い段階から数箇所の視察場所を指定し、夫々の距離も
計算して15分刻みの予定表を作ったが、先方からの返事は
「見たい所は全部見せるから時間なんてどうでも良いじゃないか。」
と言った調子。見せる方は自分達の施設だからどこは簡単で良いが、
ここはジックリ見てもらって説明も充分にしたい等の思惑があると
思うが、日本人はえてして時間通りに動こうとする。
見る内容が大事なのか、予め決めた時間の方が大事なのか分らない。
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by pincopallino2 | 2011-08-11 10:13 | Comments(0)
日本人とイタリア人 50
イタリア人は道で、葬列や縁起でもないものにぶつかると
金属性の物に触れる。災いを金属に流すのだそうだ。
 代わりに良いことを願う時には木製の物に触る。
日本にも似たような風習があるが、カトリック教徒の
イタリア人も随分迷信深いものだ。
  
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by pincopallino2 | 2011-08-10 11:18 | Comments(0)
日本人とイタリア人 49
ある土曜日の午後、小学校の先生をしているイタリア人の女性と話をしていた。
「今夜はテレヴィが見られそうだ」と言うので理由を聞いたら彼女、ローマ近くの
田舎に手造りで小さな別荘を建てて、今夜も行くのだがお金が足りないので
電気が引けず、風力発電機を置いてあるだけ。だから風がない晩は蝋燭で
暮らさなければならないが、今日は風があるからテレヴィもつけられるとの
ことだった。
 新しい家を買ったなどというイタリア人の家に新築祝いに行くと、ガランと
していて、天井からは裸電球がぶら下がっているだけなんてことがよくあった。
まづ新しい家を買い、それから台所用品、家具と言ったふうに毎年少しづつ揃えて
行くのがイタリア人。
 日本人は何もかも揃っていないと新築とは言わないのだろうか。
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by pincopallino2 | 2011-08-09 10:14 | Comments(0)