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女を虐待する男
  イタリア旅行に出掛けた女性。帰ってきて「イタリアの男って女性をいたわるって
聞いていたけれど、ヴェネツィアのサンマルコ寺院には女性を苛め抜いている
男の浮き彫りがあった」という。
  人が素通りしてしまう所なので、よく気がついたなと感心したが、念の為見に
行ったら本当にあった。
  但し、男の顔は悪魔みたいだから、何かの物語りではないだろうかと思うが、
その先の勉強はまだしていない。
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by pincopallino2 | 2011-09-30 10:54
ローマで食べたレヴァー ステーキ
  ローマの下院近くのコロンナ広場からパンテオンの方に抜けるう路地。
よしずっぱりのような店構えのレストランがあった。ローマ大學の教授で
知り合いのイタリア人が何か食べようと言ってくれたが、丁度歯が痛くて
硬いものが噛めない。それならば連れて行ってくれたのが、上記の店。
柔らかいからレヴァーステーキを頼んだが、いつまでも記憶に残るほど
美味しかった。このレストラン、友人がローマ大學の学生の頃よく通った
店だというからかなり古いが、今でも営業しているかどうかは分らない。
多分店構えも変わっているだろう。
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by pincopallino2 | 2011-09-29 10:19
亀の子の噴水
  昨日書いたキアヴァリ通りからそれほど遠くない所にマッテイ広場というのがある。
ローマの名門マッティ家があるのでそう呼ばれているのだが、広場と言えないほど小さく、
今は庶民の生活の場となっていて、それなりに面白いが、真中に噴水がある。
上の水盤から落っこちた亀を4人の少年が掬い上げて元に戻してやっているが、
少年達と亀はブロンズで後から付け足したものらしい。噴水自体は石だ。
  ローマにある大小無数の噴水の中でも一番好きで人の寝静まった夜中に行くと
水の音だけが聞こえるしじまの中で、少年達が生きているように見えてくる。
  この噴水、ローマの観光地図の表紙にもなったが、昼行っても、夜行っても
日本人の観光客に会ったことがなかった。旅行社も有名な観光場所ばかりでなく。
こういうローマの隠れた名所を案内すべきだ。もっともそれだけの知識を持っている
者がいないのかもしれない。
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by pincopallino2 | 2011-09-28 10:38
栗のお菓子
  ローマにキアヴァリという通りがる。下町っぽい小さな所だが、
此処にあったレストランのデザートに出て来る栗菓子は天下逸品とのこと。
イタリアの友人に連れられて行った家族から聞いて暫く経ってから行ったが
見つからなかった。聞いて暫く経ってだから多分潰れたなのかも。
地下に降りていく店だったらしいから見逃したのかもしれない。
 因みにキアヴァリというのは鍵のことだから、昔はこの通り、鍵屋が一杯
並んでいたのだろう。キアヴァリは俗語だか卑語だかで、男女の交接も
意味するが、その場合は発音が違う。
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by pincopallino2 | 2011-09-27 09:45
立ちんぼう
   ローマの街角、地下道の入り口などに必ずと言ってよいほど
半分乞食になりかけたような汚い格好をした男が立っていて、
女の人が通ると「遊ばないか」と声を掛けていた。勿論若い娘か
せいぜい中年迄の女性で、老人はパス。
   こんななのと付き合う女性もいるのかと1時間ばかり立って
見ていたが、だれも引っかからなかった。
   こんな風景、イタリア経済が好転するにつれてなくなって
しまった。
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by pincopallino2 | 2011-09-26 10:30
先導
新しい大使が赴任するとその国の国家元首が発行した信任状を提出する。
日本では皇居でやる一種の簡単な儀式だが、大使館殻の送迎は日本側で
手配するようだ。新しい大使が新任すると送迎は車にするか、馬車にするかと
聞いてくるが、大抵の大使は馬車を希望する。車でも馬車でも途中の交通渋滞等も
考えて時間をキッチリ決めなくてはならない。実際の馬車を使って予行演習をやる。

 イタリアに日本の総理大臣が国賓だか公賓だけで来た時のこと。なにしろ人数が
多いのでホテルも一箇所では入りきれないのでイタリア側は2箇所に分けた。
 僕は大使以外の随行員や新聞記者達一行の世話をしていたが、空港から
ホテル迄の間、国家警察官が二人オートバイで先導する。ローマに入って目的の
ホテルに着いたが、オートバイはとまらないでドンドン先に行ってしまう。仕方が 
ないので後の車の列もついていくしかない。暫く行ってから大きく回り道をして戻る
オートバイについてやっとホテルに着いたことがある。

 キチンとやろうとする日本人と適当にしてしまうイタリア人の差か。
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by pincopallino2 | 2011-09-25 12:47
アルプス兵の帽子
  アルプス兵は登山帽に鳥の羽がついた軍帽を被り、
格好が良いので、どこの国でも娘達の人気の的だが、
イタリアでも同じこと。 昨日アルプス兵の帽子の写真を撮ったら、
軍規に触れるから他の人には見せないようにと言われた方からお便りを
いただいたが、3,40年前、駅や空港にあるソラーリの発着掲示版を
日本に輸入するにあたって北イタリアの町ウディネ近郊に駐在していた
技師がいた。滅法酒が強く、ある晩酒豪といわれるアルプス兵と呑み比べを
したら勝って、相手が賭けていた軍帽をとってしまった。
翌日、彼の上官が来るというので、サテは怒られるのかな、帽子を返せと
言われるのだろうとビクビクしていたら、軍隊一の酒豪に勝った日本人って
どんな奴だろうと見に来ただけだった。
  勝った日本人はその後サラリーマンを辞めて東京の成城学園前に
バーを開いたが、店にはその時に呑み取ったアルプス兵の軍帽が飾ってあった。
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by pincopallino2 | 2011-09-24 10:30
ガブリエーレ ダヌンツィオ
  昨日一寸触れたガウリエーレ ダヌンツィオは甘美な小説や詩、戯曲を
書くので有名な作家。 僕の若い頃想像していたイタリアとピッタリ合う作品を
書いていたが、難解な字や言い回しが多いのでダヌンツィオ辞典がある位だ。
日本語には大正の末期から昭和の始め頃何作か訳されている。
  熱血漢でもあって第一次世界大戦の時、当時は敵のオーストリア領であった
フユーメ(今のクロアチア領リェーカ)に居た友達を複葉複座(翼が上下2枚の
2人乗り)の飛行機で助けに行った。 首尾よく助け出して乗ってきた飛行機で
連れて帰ろうと思ったら席は操縦士のとあと1席しかない。 仕方ないので
友人を座席に坐らせ、自分は翼の支柱に掴まって帰ってきたそうだ。
多分にオッチョコチョイだったのかもしれない。
  彼の家だか別荘はガルダ湖畔に残っているが、本当の巡洋艦の舳先が
庭から湖に突き出している。
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by pincopallino2 | 2011-09-23 10:31
イタリアの魚雷艇
  昨日に引き続き、イタリア海軍は小さな魚雷艇も持っていた。
魚雷2本を積んだボートで、戦争の時そんなのが軍艦の回りを
走り回って、敵の船を悩ませたそうだ。
  MAS(対潜水艦用モーターボート)といったが、この名前、
イタリアの熱血詩人ガブリエーレ ダヌンツィオがつけたのだそうだ。
彼のことは明日書く。
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by pincopallino2 | 2011-09-22 11:05
イタリアの特殊潜航艇
  第二次世界大戦中、日本軍の特殊潜航艇のようなものが
イタリア海軍にもあった。 日本のは潜水艦を小さくしたようなもので、
操縦は内部で行ったようだから万が一の生還も期しがたかっただろうが、
イタリアの特殊潜航艇の方は魚雷の外に操縦装置がついていて、
魚雷にまたがって運転したから、1パーセント位の生還が期待できた
ようだ。 この現物、博物館にも展示されているようだが、シチリア、
タオルミーナの植物園にもあって雨風に放置されている。 何故こんな
景色の良い平和そのものの場所に置いてあるのか分からないが、
足を停める人も殆どいないから、興味があったらゆっくり見るとよい。
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by pincopallino2 | 2011-09-21 09:29