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大晦日
  今日はイタリアでも大晦日だ。カトリックというのはやたら聖人の日を
作るのが好きらしくて一年365日、祝祭日と聖人の日で埋まっているが、
大晦日はシルベスター聖人、イタリア語ではサン シルベストロの日だ。
シルベストロがどんな聖人だったのかよく知らないが、イタリア人の家庭では
この日の夕食に力を入れる。夕食の時間も年が変わる真夜中に近くて、
親戚や知人を招いてご馳走を食べる。
  会社等は休みのところも多かったが、僕が勤めていた東京のイタリア政府の
事務所でも、ローマの日本の会社でも半ドン、翌日の元日は休みで
2日から平常勤務だった。但しイタリアでの勤務先は航空会社だったから
飛行機が飛ぶ日は働かなければならない。
  他の都市でも同じことなんだろうが、ローマでは一年の間に割れた瀬戸物を
とっておいて、新年になった途端に窓から放り出すからすさまじい音になる。
大抵の家がマンション住まいだから、道を歩いていると上から瀬戸物が降ってきて
危ないことこの上ない。一応法律で禁止されているがそんなことお構いない。
  ある年、午後11時発の東京行きの便を見送ってフユミチーノの空港から
帰る時は道中に散らばった瀬戸物のかけらを踏まないように走らなければならない
ので車の運転に疲労困憊したことがある。但し道路を覆った瀬戸物のかけらも
翌朝,元日の朝にはきれいに掃き清められている。
  ナポリはもっとすごい。瀬戸物を放り出すのと一緒に爆竹もあげるから、
町中が騒音と煙で覆われてしまう。
  大晦日をイタリアで過す旅行者は真夜中の食事に備えて店を閉めてしまう
レストランが多いから夕食を食べ損なわないよう注意したほうがよいだろう。

  
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by pincopallino2 | 2011-12-31 11:53
ストレーザ
  ストレーザから音楽から音楽祭50年誌の本が届いた。
ストレーザには毎年少なくとも一回は行っていたが、北イタリア、
マッジョーレ湖畔のピエモンテ州側にある風向明媚なリゾート地で、
夏には世界中からの滞在客で賑ぎあう。沖にボルロメエ群島という
島が幾つも浮かんでいて、このあたりの領主ボルロメオ伯爵の持ち物だった。
そのうちボルロメオ伯爵の館のあるマードレ島、別荘のあるベッラ島、
漁師が住んでいるペスカトーレ島が有名だ。ベッラ島の別荘は殊に素晴らしく、
階段状のテラスがある庭には真っ白な孔雀がいる。夏には生まれたばかりの
白孔雀が無数に遊んでいて可愛らしい。
  本土側には湖に沿って別荘やホテルが並んでいるが、楽しいのは
土地の人が住んでいる小さな町の中。かって町の中心の広場で洋品屋を
やっていたベルターニという人と仲良くなったことがある。家が店の上だから
店が閉まっている時は道から大声で声をかけると家の窓から顔をだしたりした。
50近く前、彼が音楽祭を盛り立てる為に随分尽力していたが死んでしまった。
鞄屋の女主人とも仲良くなって、その頃は徴兵制で軍隊に行っていた
息子をどうしたら呼び戻せるかの相談に乗ったこともある。
  僕自身としてはそんな話しが土地の人とできる、町全体が眠ったようになる
冬の方が好きだった。
  ストレーザには国立のホテル、料理学校があり、山の上には傘の博物館が
あって1本骨の傘等も展示している。
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by pincopallino2 | 2011-12-30 11:37
ランゲ
  北イタリア、ピエモンテ州のランゲ地方もヌガーの産地だ。
ランゲは高級ワインばかりでなく、貴重な白トリフが採れるので
知られているし、ヘーゼル ナッツの生産量は世界一だそうだが、
そのヘーゼルナッツを入れたヌガーが美味しい。
  葡萄の木に覆われた丘が起伏し、その上に中世のお城が聳え、
遠景にアルプスを望むランゲは景色も素晴らしいところ。
秋には葡萄の葉が色づいて、赤、黄、緑にそまる。
食べ物も美味しいし、まだの人は是非たづねて欲しい。 
  
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by pincopallino2 | 2011-12-29 13:31
クレモーナ
 ヌガーの他にクレモーナはモスタルダの特産地でもある。
新鮮な果物を辛子漬けにしたもので野鳥料理や肉に付け合せて食べると
美味しい。モスタルダだけをほうばると口の中で原子爆弾が爆発したようになる。
但し最近は甘く、ジャムみたいのが多くなって、辛いのは少なくなった。
売り出すのはたしか毎年11月の1日からだったと思う。
 クレモーナは古来から弦楽器の産地としても有名で、
世界的に知られた名職人が輩出した。弦楽器の博物館もあるが、
市役所にもストラディバリとかグアルネッリ等の名品が数点
展示されていて、調子が狂わないように毎日音楽学校の先生が弾いている。
大抵午前中に当番にあたった先生がやってきて、任意に一丁のヴァイオリンを
選んで演奏する。曲目は先生自らが小さな声で言うだけ。調律の為だから
時間は短いが、その間聴衆は妙なる音色に酔いしれる。昔は先生が何時に
来るか分らず、無料だったが、最近は聴きに来る人が多くなったせいか有料になった。
 クレモーナの近くに素晴らしい刺繍の博物館を持った寒村がある。
僕が行った時は古くなった木造の建物で、陳列されているのは
つぎはぎだらけ、洗いざらしの下着だの、子供の玩具の缶積めの空き缶だのと
まるで乞食小屋みたい。説明も貧農のおかみさんみたいな人がひどい訛りでやって
くれるので分りにくいことおびただしい。いい加減惨めな気持ちで次の棟に案内されると
腰を抜かすほどのビックリ。このあたりで取れる麻を使った見事な刺繍がずらりと並ぶ。
食べるに事欠く村の人たちの作品なのだそうだ。
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by pincopallino2 | 2011-12-28 13:56
ヌガー
  ヌガーもイタリアではトルローネと言ってパネットーネと同じ様に
クリスマスから正月にかけて食べる所が多い。産地も方々にあるが、
北イタリアのクレモーナは有名だ。
 クレモーナでは棒状のものを売っているが、この町の大聖堂の
鐘楼が本堂に比べてバカデカイので似た形「をしているヌガーを
トルローネ「大きな塔」と呼ぶようになったのだとヌガー屋さんが
説明してくれた、
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by pincopallino2 | 2011-12-27 11:03
パネットーネ
  地方のことは知らないがイタリアではクリスマスにパネットーネを食べる。
パン作りが流行っている日本でも最近パネットーネに関心を持つ人が増えた
ようだ。
  始めてイタリアに住んでいた頃には高い円塔形のものしか知らず
背の低いパネットーネには気が付かなかったが、背の低い方が
本来のもので、高いのは割合最近に作り出されたのだそうだ。
  一種の菓子パンで甘みがある。背の高いのはシパシパした舌触りなので
始めはちょっと口になじまないが馴れると美味しく感じるようになる。
ジェラートと一諸に食べても美味しい。
 果物のシロップ漬けを小さく刻んだものを入れて焼くが、イースト菌が
特殊なものらしく、日本ではなかなか手に入らないそうだ。
  パネットーネを何故クリスマスに食べるのか理由は知らない。

【訂正】 昨日、クリスマスの欄で、「人間プレセピオで有名なトルジァーノ」と
書いたが、ドリアーニの間違い。最近はボケてきたらしく、間違いがドンドン
ひどくなる。人間プレセピオで有名なドリアーニは北イタリア、ピエモンテ州の
ワインの名産地ランゲ地方の町で美味しいワインの産地でもある。
一方トルジァーノは中部イタリア、ウンブリア州の州都ペルージアの傍に
あって此処もワインの産地。
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by pincopallino2 | 2011-12-26 14:19
クリスマス
  クリスマスだ。50年以上前のことだが、日本中が異教のお祭りで
沸きかえっていた年があった。銀座通りは人の波で歩けない位だったが、
その賑わいも翌年からは減っていった。
  ローマでのクリスマス:24日は真夜中にミサが行われるからさぞ賑やか
だろうと思っていたのに街はヒッソリとしていて期待はずれだった。宗教的な行事
だからだろうか。その代わり25日の昼には各家庭ごとに-ご馳走を食べていた。
  北イタリア、ドルジャーノの村人達が扮装してキリスト生誕時のベツレヘムを
再現する人間プレセピオも終わったことだろう。
  ローマに居た頃、ある人にクリスマス カードを送ったら、自分はユダヤ教徒
なのでクリスマスは祝わないと返事が来て、人種や宗教の差を実際に知ることが
出来たことがある。
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by pincopallino2 | 2011-12-25 11:22
イタリア映画 10
昔、プーリアからバジリカータ、カラブリア州を海岸沿いに走っていたら
海沿いの村の入り口にヴァレンティーノの等身大の立て看板を見つけた。
ロドルフォ ヴァレンティーノを知っている人は少ないだろうが、僕は子供の
頃から母親に聞いて知っていた。
 無声映画時代ハリウッドで活躍したイタリア人の俳優で、その美貌で
一世を風靡し、殊に女性に人気があった。若くしてアメリカで死んだが、
その墓には今でも女性が捧げる花束が絶えないそうだ。女性と言っても
無声映画時代のファンだから生きていてもオバアサンばかりだろう。
僕も一度彼の映画を見たが、頭にポマードをペッタりつけて、にやけた優男。
今の女性には気にいられないだろう。
 ヴァレンティーノの生まれ故郷はイタリア半島南部のカステッラネータと言う
小さな町で、中央の広場には彼の記念碑が建っている。

 
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by pincopallino2 | 2011-12-24 12:06
イタリア映画 9
 ローマに居た頃、日本大使館だかが日本映画を在留邦人の為に
特別上映をするというので観に行った。普通の映画館ではなかったが
当時ローマに住んでいた日本人は家族を含めても寥々たるもので
後はイタリアの映画人だとか報道関係者達だった。
 映画は「用心棒」だったと思う。たしか英語とフランス語のスーパーが
二つ入ったりしていて見苦しい。画面もやたらに人を切る陰惨なものだった。
 翌日の新聞の批評も芳しいものではなかったが、間もなくこの映画から
ヒントを得たというマカロニ ウェスタンのはしりが出て、改めてイタリアの
映画人の才能に感心したものだ。
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by pincopallino2 | 2011-12-23 12:22
イタリア映画 8
  日本とイタリアの合作映画もあった。
マダム バターフライで八千草薫がお蝶だった。
それまでのバターフライの着物の着付けが反対
だったのを、その時正式に直したのだと聞いた
ことがあるが、今は又元に戻ったのもあるらしい。
  大映の永田社長がイタリアに来て本格的な
日伊合作映画を作ることになり、小国英雄さんと
いう有名な脚本家がローマに滞在して脚本を書いて
いたが、この映画は実現しなかった。小国さんは
昼間はホテルの床にござみをしいて、蜜柑箱
みたいな箱を机にして仕事をしていたが、
夜になると1人で淋しいのでどこかに飲みに行こうよと
誘いにくる。酒は殆ど飲まない僕は逃げ回っていたが、
ある晩とうとう掴まってキャバレーみたいな所にいった。
ところが勘定と言う段になって小国先生、お金が
ないと言いだした。しがないサラリーマンの僕も
そんな大金は持っていない。仕方がないので先生の
ホテル迄お金を取りに行ったが、二人が乗った
タクシーの後を店の者がスクーターでついてきた。
つけ馬を経験したのはローマのこの時だけだった。
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by pincopallino2 | 2011-12-22 13:47