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心に残るレストラン 37
  マッジョーレ湖の左岸、ピエモンテ州側の景勝地ストレーザは夏になると世界各国から
有名人や富豪が集まる高級リゾート地だが、最高級といわれるホテル ボロメエのダイニング
ルーム。毎年のように行ったが、ある年、朝早くパリから着いてまづ朝食ということで
レストランに行ったら、丁度夜明けで湖の向こうの山に日が昇るところ。
マネージャーがカーテンを全開してソーレ レヴァンテと大声で言った。
日が昇るという意味だが、イタリアでは日本のことを言う時にも使い、ニュースでも
日本といわずに「日出ずる邦」ということがある。
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by pincopallino2 | 2012-05-31 08:38
心に残るレストラン 36
  イタリアでは支那料理の店が安くて、金のない若者達のたまり場になり、
しばしば悪の温床になるとの非難も聞こえる位だが、トリノのドゥオーモの
近くにある支那料理屋はとにかく安く、味も値段程には悪くない。
ドゥーモの裏口に出れば見える店だ。
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by pincopallino2 | 2012-05-30 14:50
心に残るレストラン  35
ピエモンテ州のワイン産地ランゲ地方の南部にあるコルテ エミーリア。
起伏する葡萄の樹の丘の上に中世のお城が立ち、ヘーゼル ナッツの林の
向こうに海浜アルプスの山々が連なるランゲ地方の景色もコルテエミリア迄
南に下がると、山裾になる。渓流が流れ、秋だと黄葉した木の葉が道に
散り敷いている。北部ランゲの色とりどりの葡萄の葉の紅葉とは一味違った
美しさだ。
 此処に一軒だけある三ツ星ホテル。決して豪華ではないが、車で周りの
町や村を訪ねながらこんな所に何日か滞在したら素晴らしいだろうと思う。
残念なのはオーナーのオーストリア人の奥さんの感じが余りよくないことだ。
オーナーは有名なコックだそうだがマアマアの味だ。リグリア州との州境に
近いのでリヴィエラの海にも1時間以内で行ける。
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by pincopallino2 | 2012-05-29 13:05
海軍記念日
  昨日5月27日はたしか子供の頃の海軍記念日だった。日露戦争の時、
日本海の海戦で日本が大勝利した日だ。
  日本海軍の作戦、水兵達の士気、戦闘技術等にもよったと思うが、
やっと目的地に辿りついた途端沈められてしまったロシアの海軍も
気の毒だったが、長い航海で艦も補修が必要だったろうし、水平達も
疲れて士気が衰えていたことだろう。ロシア革命間近で、左翼思想も彼等の
間に広がりつつあったようだ。そんな悪い条件で敵地に乗り込んできた
ロシア海軍は日本をバカにしていたのかもしれない。
  いずれにしても沢山の水平達が海のもくずになったようだ。
  無辜の人たちが死んだり、つらいにあい、文化財もなくなって
しまうような戦争なんて絶対に起こしてはならないのに、いまだに
絶えないのは政治家達の慾、人間の持つ闘争本能のせいなんだろうか。
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by pincopallino2 | 2012-05-28 11:26
心に残るレストラン 34
トリノの南に広がるランゲ地方は遠くにアルプスを望む景観ばかりでなく
葡萄酒や白トリフ、ヘーゼルナッツの産地として世界的に有名な所だが
そのランゲ地方の中心の都市アルバから、やはりワインとクリスマスの時
町全体がキリストの生誕地ベツレヘムに変わってしまう人間プレセピオで
知られたドリアーノに行く道の途中の村バローロにあるレストラン。
名前は忘れてしまったが、街道筋にたっているからすぐ分かる。
たしか白いペンキ塗りの木造の2,3階建てだった。
すぐ後ろがバローロという葡萄酒醸造所。オーナーは女性で、サービスも
全部女性だった。お料理も結構美味しかったが、厨房に日本人の見習いが
一人居た。
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by pincopallino2 | 2012-05-27 16:15
心に残るレストラン 33
ワインと黒トリフで有名なアルバはヘーゼルナッツの産地でもある
小さな町。 その町の入口、たしかサヴォーナ広場にあるレストランで
美味しい地方料理を食べたことがある。なんの変哲もない店だが
ちょっと草臥れたようなタキシードを着たオーナーらしい親爺と
若い女の子がサーヴィスしてくれた。親爺は年でもう居ないかも
知れないが、なんとなく心に残ってもう一度行ってみたい店の一つだ。
表も中も白いレストランだった。
 アルバにはその後も何回か行ったがその店には行く機会がなかった。
 このあたりの料理、結構美味しいが、特産のへーゼル ナッツを
多用するので飽きてしまうかも。
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by pincopallino2 | 2012-05-26 10:28
心に残るレストラン 32
レストランの話しではない。 トリノの町、サン カルロ広場から
王宮の方に向かうローマ通りの左側、1本目か2本目の道に曲がったら
グリッシーニ屋ガあった。 看板はトリノの方言で書いてある。
中に入るとトリノ名物の棒状の片パンが何十種類と並んでいて
量り売りをしている。 どれもこれも美味しそうだから買って帰りたく
なるが割れやすい。 他のパンも売っている。
 パン屋と筋向いの角にTOGOという小さなバールがある。
何故こんな名前をつけたんだと聞いたら「親爺が付けたんだから
知らない」と答えた。多分東郷元帥からとった名前だろう。 
  ローマの近くのアンツィオだかネットゥーノには海岸に
バンザイというホテルが戦前からある。
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by pincopallino2 | 2012-05-25 12:12
心に残るレストラン 31
  トリノの昨日と同じコルソ ヴィットリオにあるレストラン。
建物の2階にあるのだが、その建物の観音開きの木の古くて重い
ドアが閉まっていて、開けてもらうには呼び鈴を押さなければ
ならないので20年程前、始めて行った時はどこにレストランが
あるか分らなくて迷った。料理はマアマアだっかが、食事の最中
親爺が出てきてワインは何を飲むと聞く。その頃はピエモンテには
良いワインが沢山あること位でどんなのがお奨めかと聞いたら
モデナの方にあるランブルスコみたいにかすかに発泡している酒を
奨めてくれた。ランブルスコより泡が少なくて素晴らしい味。
美味しいと褒めたら親爺、得意になって俺はイタリアに20人しか
居ないソムリエなんだとえばりながら金のバッジを見せてくれた。
 その後も何回か行ったが、代が変わったのだろう。料理の味も
昔程ではなくなったような気がする。この店、名前が変わっていて
C'era una volta (チェーラ ウーナ ヴォルタ)。日本で
お伽噺をする時「昔、昔何々が居ました」と話し出すのと同じ
意味だ。(同じ名前のレストランが他の町にもあったが、どこ
だったか思い出せない)。  
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by pincopallino2 | 2012-05-24 11:03
心に残るレストラン 30
トリノ、ポルタ ヌォーヴァ駅の駅前通りコルソ ヴィットリオ エマヌエーレに
たしかエグゼクティーヴという名前のレストランが出来た。 見ていると店の
名前どおり、背広をきちんと着こなしたいかにも高級サラリーマンといった
感じの連中が次から次と入って行って、昼食時にはすぐ満杯になるから好奇心に
駆られて食べに行った。 なるほどうまい。 最初にとったスパゲッティ アッレ
ヴォンゴレはそれまで食べた中で最高の味だった。 連れは丁度旬だった
ポルチーニの料理を前菜からパスタ、メインと注文したが、そのどれもが
素晴らしく美味しかった。
 病み付きになって、トリノに行く度に寄っていたが、そのうち日本人のコックが
料理見習いとして調理場に居る様になり。 やがて店自体がなくなってしまった。
どこかに越したようでもなく、あんなに流行っていた店をどうしてやめたんだろうと
不思議でならない。
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by pincopallino2 | 2012-05-23 14:13
心に残るレストラン  29
ピエモンテ州のゲンメという所にグーフォ ネーロ(黒い梟)という
レストランがある。 焼肉で有名な店で色々な種類の肉が並び、
最近はイタリアでも食べることがすくなくなった驢馬の肉なんてのもある。
ブラジルのシュラスカリアに似ているが、肉の焼き方は欧羅巴風に
せんれんされている。、ゲンメはワインの産地でもあるので、オルタ湖へでも
行かれた時に寄ってみたら如何。
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by pincopallino2 | 2012-05-22 08:23