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プンタレッラ
 ローマではそろそろプンタレッラが出回る頃だろう。
最近出て来た野菜で、チコーリアだかが突然変異したものだそうだが、
細い茎を縦に裂いて水に漬けるとぜんまいみたいにクルッと巻く。
それにアンチョビーのドレッシングをかけて食べるのだが、
シャキッとした舌触りが美味しい。
 初めの頃は冬のローマだけの食べ物で、ヴェネツィア料理の店に入って
プンタレッラと頼んだら「私共はヴェネツィア料理の店なのでございません」と
断われたものだが、それから数年後ボローニァの市場で「本場はこっちさ」と
威張られた。但し、実物はなかったから本当か嘘かはわからない。
 最近は日本でも作りだしたから、二三年後には日本でも流行るかも
しれない。
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by pincopallino2 | 2013-11-25 14:19 | Comments(0)
七五三
 11月15日は七五三の日だった。
お祝いをしてもらう子はきれいな着物や洋服を
着せられて、お父さん、お母さんと一緒に
お宮にお参りに行き、帰りに千歳飴を買って帰る。
 何年か前の七五三の日の朝、鎌倉の大仏様が
手に千歳飴の袋を下げていた。
 無粋な住職が夢中になって犯人を捜していたが
みつかりっこない。
 イタリアでも子供が改まった服装で教会に行く
ことがある。洗礼とか、初聖体拝受とかの日だ。
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by pincopallino2 | 2013-11-18 17:54 | Comments(0)
偽表示
 最近、料理の材料についてレストランでの偽表示が
問題になっているようだが、イタリアでもあった。
 ある赤葡萄酒、美味しいというので何十年もの間
人気だったが、科学的に分析してみたら豚の血を
混ぜていたことが判明。新聞に大きく報道された。
 久保田万太郎の小説に浅草で新しく開店した
蕎麦屋が名の知れた食通達を集めて試食してもらった。
その際、美味しいので有名な老舗の蕎麦屋から
蕎麦を取り寄せ、自分の店のと食器を変え、自分の店の
器に老舗の蕎麦を、老舗の器には自分の打った蕎麦を
もって出したら食通連、「やっぱり老舗の蕎麦には適わない」と
口々に言ったので自信をつけ立派な蕎麦屋になったという
話しがある。
 最近はワインに限らず、日本ではつい先頃まで殆ど関心の
なかったオリーヴ油まで自称鑑定士が出てきたようだが、
洋の東西を問わず食通の舌なんていい加減のものかもしれない。
 そんなに古い昔からではないようだが、イタリアでは
メニューと違った材料を使ったレストランは罰っせられるようになり、
ローマの世界的に有名な店では違反して暫らくの間営業停止の
処分を受けた。
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by pincopallino2 | 2013-11-16 10:01 | Comments(0)
ローマのコンチリアツィオーネ通り
 ローマ、サンピエトロ寺院へ真直ぐに向かう広い道は
Via Conciliazione(ヴィア コンチリアツィオーネ:和解の道)と
言ってイタリアと法王庁が和解したラテラノ条約の締結を記念して
中世の頃からあったスピーナ ディ ボルゴ地区の家々壊して
造られたもの。前から道が造られる前の情景はどんなだったろうと
思っていたが、今、東京、上野の美術館で行われているターナー展の
広告にサン ピエトロ寺院の2階のテラスから前の広場を俯瞰した
大きな絵があって、昔のスピーナ ディ ボルゴ地区の建物も見える。
その横には今は一階が土産店になっているビルも描かれていて
僕にとっては貴重で且つ面白い風景だった。

(ラテラノ条約は1861年のイタリア国家統一以来、イタリア政府とローマ
法王庁の間で懸案となっていた主に領土問題、教会の財産権などについて
お互いに譲歩し、イタリアはローマ法王庁をヴァティカン市国として認め、
法王庁もイタリアを国家として承認した条約で、1929年2月11日に
ムッソリーニが法王庁とローマでサン ピエトロに次ぐ大寺院サン
ジョヴァンニ イン ラテラノで締結したもの。
ターナーは1819年頃イタリアを旅行したらしい。)
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by pincopallino2 | 2013-11-09 12:14 | Comments(0)
諸聖人の日
 11月1日は諸聖人の日。 イタリア語ではOgni Santi (オーニ サンティ)と言って
日本式に言えば聖人達全部の冥福を祈る日だ。
 この行事、新教徒もするのかどうかは知らないが、カトリックではどの国でもやっていて、
墓参りに行くらしく、クロアチアの首都ザグレブで見た時は市内の交通を一部遮断し、
墓地への臨時バスが頻繁に出ていた。 
 イタリアでは聖者の日の翌日の11月2日を死者の日と言って家族全員で墓参りに行き、
墓前で弁当をひろげて先祖達と団欒のひと時を過ごすのだそうで、沖縄の墓参と似ているが、
自分の家独自の墓地を持っているならともかく、開いている所に棺桶を突っ込まれるような
都会では家族も死んでしまえばコンクリート製の棚にバラバラに埋葬されるのでは
生前のように一緒になるのは大変だろう。 第一、お墓の前でピクニックをやるような
場所もないから、この風習、イタリアでもごく一部の限られた所だけに残っているのかもしれない。
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by pincopallino2 | 2013-11-01 12:02 | Comments(0)