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大晦日 (サン シルベストロ)
  今日は12月31日。日本でもキリスト教国でも同じ1年の最終日だ。
  日本では大分昔と異なって歳の暮れらしい情緒も雰囲気もなくなって
しまったが、昔は1年の終りらしく、大掃除をする人、年越し用の買い物を
する人達で町全体が賑やかで、そのくせ逝く年を惜しむ風情が漂っていた
ものだ。
  欧米では逝く年なんかへの感情なんてほっぽり出してひたすら新しい年を
待ちわびる。
真夜中の十二時になると日本では108の煩悩を消す為方々のお寺の鐘がなるが、
西洋では大晦日をサン シルベストロの日と言う。12月31日は教会の為に色々と尽くし、
紀元325年に開かれたニカイアの宗教会議ではキリストは人間で、厳しい修行を
積んだ為神に近い存在になったというアリウス派の主張を退け、アタナシウス派の
神とキリストと聖霊は一つのものであると主張するアタナシウス派の三位一体論を
正論として取り上げたりしたローマ法王聖シルベストロ一世を記念した日だ。
  ローマで初めて経験した大晦日には驚いた。自宅から見えるヴァティカンの
サン ピエトロ寺院の丸屋根に点々と裸電球のイルミネーションが点っているだけの
静かな夜だったが、真夜中の12時の鐘が鳴り出す頃から窓の外が騒音に包まれた。
一年間の間に壊れた瀬戸物類を窓から放り出しているのだそうだ。危ないので法律で
禁止されたが、そんなこと聞かこそ。7階、8階からの窓からも平気で放り出す。
道は危なくて歩けないが、翌朝6時頃には綺麗に掃き清められていて二度ビックリしたものだ。
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by pincopallino2 | 2014-12-31 13:52 | Comments(0)
無原罪のお宿り
 病気で臥せていた為書けなかったが、12月8日は無原罪のお祭りと言って
キリスト教でも殆どカトリックだけの祭日。この日ローマ法王はローマの
スペイン広場に出向いてマリアの柱頭に花束を捧げる。と意っても柱は高いから
消防手が梯子車に乗って、法王から受け取った花束を聖母の頭に置く。
 僕は始め、このお祭りはマリアがキリストを宿った日だと思って、一生懸命
クリスマスの日と合わせて計算し、それにしては懐妊の日数が長すぎると
ブログに書いたら、そんなことはないとチャンと辻褄が合うように計算して
教えてくれた人が居たが、実際には聖母マリアがお母さん、つまりキリストの
お婆さんにあたるアンナのお腹に宿った日とのこと。
 キリストと同じようにマリアも両親の通常の営みがないままに生まれてきた
ことになるが、キリスト教徒でない僕には代々具体的な父親なしに生まれたなんて
信じられない。
 この話し、結構昔から言い伝えられていたようだが、1854年12月8日に
時の法王ピオ9世が認めたので毎年12月8日を祭日としたらしい。
 言い伝えとしてはスペインが盛んで、そのせいか無原罪のお宿りを題材に
した絵はスペインに多いようだ。
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by pincopallino2 | 2014-12-29 15:54 | Comments(0)
歳の市
 クリスマスは終わっても歳の市はまだ賑やかだろう。
よその国のことは知らないが、イタリアでは1月6日の
夜まで続く。
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by pincopallino2 | 2014-12-26 08:56 | Comments(0)
サンタクロース
 南イタリアのバーリにある聖ニコラはプーリア ロマネスク風の素晴らしい
建築で、1000年程前、バーリの水夫72人が南トルコから盗んで来た
聖ニコラの遺体が安置してある。
 当時はキリスト教の聖人の遺体を盗んで
来るのが流行りだったらしく、ヴェネツィアも聖マルコの遺体をエジプトの
アレキサンドリアから盗んできて、それまでの聖テオドシウスに代えて
ヴェネツィアの守護聖人にしたのだそうで、海に向かって立つ
ヴェネツィアの門の柱には片方に聖マルコの象徴である獅子、もう片方には
聖テオドシウスの象徴の鰐が載っている。
 聖ニコラは南トルコの地中海に近い町の司祭か何かだったが、
死後3年経った幼児の切り刻まれた死体を繋ぎ合わせて生き返らせた
奇跡によって聖人に列せられたのだそうで、サンタクロウスのもとに
なったのだそうだ。サンタクロウスの基になったのは他の聖人だという説もあるが、
この聖ニコラの廟、もともとトルコの司祭だったので地下にはローマンキャソリックと
ギリシア正教系の礼拝所が二つあり、東方教会系の巡礼団も来ている。 
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by pincopallino2 | 2014-12-25 15:39 | Comments(0)
クリスマス
 11月の半ばより体調をくずして寝込んでしまったが、
どうやら会社にも行けるようになって気がついたら
もうクリスマス。
 イタリアでの始めてのクリスマス イヴの時は随分賑やかだろうと
思っていたのに普通の日の夜より静かで人通りもなく、びっくりした。
深夜ミサにあづかったら家に戻って家族だけ、もしくは仲の良い人達を
招いて食事をするのだそうだ。
 イタリアで思い出に残るのはピエモンテ州もフランスとの国境に近い
ドリアーニのクリスマス。
 クリスマスの3日位前から山の上の旧市街は夜になるとキリストの生まれた頃の
ベツレヘムの町に変わり、電気は無し。i街灯の代わりに松明が壁にさされ、
お店もその昔のまま。ローマ軍団の兵士が待ちの中を巡回していたり、
女の占い者の店があったり、酒場に入ると昔の格好をした男たちで一杯だったりする。
泊まっていたアルバからドリアーニに行く道も、真っ暗になった葡萄畑のあちこちに
点在する農家のクリスマスの明りが見えて楽しかった。
 翌日、日本へ帰ろうとしてホテルを出た途端雪が降り出して、まさに
ホワイト クリスマスになったのも懐かしい思い出だ。
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by pincopallino2 | 2014-12-24 19:47 | Comments(0)
痴漢
 歳をとっているからか、軽い風邪をひいたら、
2週間寝っぱなしになってしまった。
 寝床の中でラジオばっかり聞いていたが、
痴漢のニュースが多いのには驚いた。
 それも警官や、学校の先生など硬い職業の者が多いが、
最近の女性も悪い。結構寒くなってきたのに
太ももまで丸出しにして歩いている。
 結構男達を挑発して、それで男が悪いというの理不尽だ。
 ローマでは朝の出勤時が楽しみだった。混んだ電車や
バスの中には若い女性も沢山いるが、彼女らの胸が
大きいのでいやでもこっちの身体につく。
揺れる度にこっちの女性、あっちの女性とぶつかって
天にも昇る気持ちだった。
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by pincopallino2 | 2014-12-01 14:45 | Comments(0)