花見
  桜の花ももう北海道でも終わってしまった。
新聞やラディオ、テレヴィでも開花時期に関しては随分騒ぎ立てて
いたから、花見に出掛けた人も多かったと思うが、桜は一本だけだと
咲いてみてその所在が分かるが、日本人でも都会住まいの
サラリーマン風情の人たちは電車に乗ってもいねむりするか、
スマート本に首っきりで、折角窓外に咲き誇っている花を見ようとも
しない。桜ばかりでなく紅葉の時期もそうだから、今の日本人には
列車や車の中からでも花を愛で、もみじを愛する風流なんて
なくなってしまったのかもしれない。
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# by pincopallino2 | 2016-05-06 19:07 | Comments(0)
肉親の情
 さっきテレヴィを見ていたら韓国へ亡命した北朝鮮の若者達の
両親が誘拐だと口を極めて韓国を罵り、大統領に「死ね」と
罵声を浴びせていたが、たとえ誰かにそそのかされたにしろ、
自分達の意思での密出国のはず。
彼らは自分達が強制的に日本人を誘拐、さらっていったのをどう
思っているのだろう。
それとも同国人のやった犯罪のことは聞かされていないのだろうか。
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# by pincopallino2 | 2016-05-02 15:10 | Comments(0)
地震
  最初のより大きいのがやって来たりして熊本地震はなかなか沈静の方に向かわず、
住民の方々の物心両面にわたる苦労は並大抵のものではないだろう。
  衷心よりお見舞い申上げると共に亡くなられた方々のご冥福を祈る。
  日本程ではないけれど、歴史に残るものを始めとしてイタリアでも地震は比較的多い。
イタリアに住んでいた頃、直下型の地震で北イタリアの村が瞬時にして崩壊したことがあったが、
その時、ローマの市内には地震の発生の説明と共に、犠牲になられた人々に
謹んで哀悼の意を捧げようと市長名で書かれた黒枠の大きな掲示が方々に
張り出してあった。
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# by pincopallino2 | 2016-04-19 12:08 | Comments(0)
桜の終わり
  わが家の所在地は関東地方の南部 。
一本ある桜の染井吉野は花吹雪を庭中に
撒き散らして終わってしまった。
  あとはこれも一本しかない八重桜が
一足遅れて咲き出すのを待つばかりだ。
  
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# by pincopallino2 | 2016-04-13 12:58 | Comments(0)
4月8日
 4月8日はお釈迦様の誕生日。
昔とは暦が違うから実際の日にちは狂っているのだろうけれど、
子供の頃は毎年甘茶をもらいにお寺に行ったものだ。
お釈迦様の小さな像に頭から降りかかる様にして
流れている甘茶を持って行った壜に分けて貰ってくるのだが
甘茶自体はあまみがあるものの、それほど美味しいものでは
なかった。とはいえ、子供の頃、戦争前のまだ比較的
落ち着いていた時代の思い出として懐かしい。
 それにしても生まれた途端のお釈迦様が立ち上がって歩き、
「天上天下唯我独尊」なんて不遜な言葉を吐いたなんて
いくらお釈迦様を偉い人に祀り上げようとする後世の人の
作り話にしても荒唐無稽だ。
 今でも4月8日に甘茶を無料で(有料でもかまわないが)
分けてくれるお寺をご存知の方がいられたら教えて欲しい。
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# by pincopallino2 | 2016-04-08 09:32 | Comments(0)
ローマの桜
  日本の桜は今やアメリカのワシントンでも有名なようだが、ローマの桜も今頃は綺麗に
咲き誇っていることだろう。
  第二次世界大戦の末期、日本、ドイツと枢軸同盟を結んでいたイタリアが
いち早く英米側に屈っして、今度は日本に戦線布告をした際、ローマの高級住宅街、パリオリに
あった日本通りはパナマ通りと改名されてしまって、以来、ローマからは日本通りが消えてしまった。
  戦後、年代ははっきり覚えていないが、たしか1960年頃ではなかっただろうか。
当時の首相岸信介か池田勇人が国賓として始めてイタリアを訪ねた際、ムッソリーニ時代に
万博を開こうとして造った町の人工池の辺の道とも云えないような曲がりくねった細い道に
「日本の散歩道」という名前をつけ、日本の 首相手植えの樹として桜の苗木が植えられた。
  その頃はEUR(ローマ万博地)自体出来たばかりで今から見れば閑散としており、
植えたばかりの桜の樹も指一本位の太さでちょっと風でも吹けば折れてしまうだろうと
心配したものだが,50年以上経った今では一抱えもあるような大木の並木に育っていて、
夏などになると格好の日陰になっている、毛虫が落ちてこなければよいが。
  ワシントンなどに比べて樹の数が少ないせいか、花の盛りでもそれほどの人気が出ないし、
第一、在留邦人もあまり関心がないようなのは残念。
  ついでながら戦前の日本大使館は今やサウディ アラビアの大使館になって
レジーナ マルゲリータ通りに建っている。
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# by pincopallino2 | 2016-04-05 18:40 | Comments(0)
 桜の季節。 僕が住んでいる南関東は今が一番見ごろだ。
一昨日東京の方に出かけたが、花見で有名な所はたいへんな人出。
でも心から花を観賞している人は殆どいないようだ。
 花見は群生しているのより一本だけ孤立しているのを
見ているほうが好きだ。
 そんなわけで、昨日は一日中、庭に咲いている満開の桜を
楽しんだ。 
 でも鑑賞期間がせいぜい一週間とは情けない。
北海道では5月の初旬頃満開だそうだから
今年はその頃新幹線で見に行こうかと思っている。
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# by pincopallino2 | 2016-04-04 11:27 | Comments(0)
ご無沙汰
  右脚を切ったりして一年以上ご無沙汰してしまったが、これからは
毎日ではなくともつずけるつもり。
  ところで、今日はエイプリル フールの日だが浅学にしてそのいわれを知らない、
多分11月1日の万聖節、死んだ全ての聖人に祈りを捧げる日だと、カトリック教徒の
イタリア人に聞いたことがあるが、どなたか本当のことを教えてほしい。
  
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# by pincopallino2 | 2016-04-01 17:10 | Comments(0)
イタリアの立春
 2月14日の聖ヴァレンティーノの日は鶫がつがい始める日。
所謂イタリアでの立春の日だと聞いたことがある。
 但し、立春の日は地方によって異なっているようだ。
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# by pincopallino2 | 2015-02-15 11:29 | Comments(0)
サン ヴァレンティーノ
 再度体調を崩して再び長い間ご無沙汰してしまったが、
  昔、イタリアで聞いた話。 まだローマにキリス教が入って来て間もない頃
 イタリア中部の町テルニに一人の司祭が居た。当時は若い男女間の交際なんて
許されず、娘は親の決めた男と結婚する他なかったが、この司祭、相思相愛の
男女をこっそり結婚させて町から逃がしてやったとか、100組の男女の結婚式を
司ったとかということで、司祭の名前はヴァレンティーノ。彼は何かの罪に問われて
ローマ法王庁から罰せられたが、その後赦されて聖人に列せられ、以後愛の聖人と
呼ばれるようになった。
 娘から男への愛の告白なんてとんでもない頃、娘達は長い間かかって編んだ手袋とか
靴下等を聖ヴァレンタインの命日の2月14日にコッソリと思う男に渡して自分の気持ちを
告げていたのだそうだ。
 この話しを聞いた日本のチョコレート屋が商売に利用したので2月ともなると日本では
チョコレート騒ぎが始まるが、贈る女性も貰う男性も本来の意味を知らないから
家庭を持って子供もいる男性にもチョコレートの山ができる。
 お祭り騒ぎも良いが、本当の意味を知らないで菓子屋に儲けさせるのは
軽佻浮薄過ぎる気がする。
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# by pincopallino2 | 2015-02-11 16:40 | Comments(0)
イタリアとアラブ
 最近フランスでのテロ行為でヨーロッパ各国のアラブ人に対する
反感が高まっているようだが、アラブ系の過激派にも言い分があるのでは
ないだろうか。お互いに相手とよく話し合って早く平和になってほしい。
無辜の人々を殺しあって何の得があるのだろうか。
 僕の知っている限り、回教徒もユダヤ人も平和でとても親切だった。
彼らの祈る場所にも入ったが、イスラム経のモスクも、ユダヤ経のシナゴーグも
キリスト教に比べて質素で清潔で静寂で、むしろ日本の神社に近かい。 
 かってユダヤ教徒を神社に連れて行ったことがある。
丁度何かのお祭りの後で信者達がお宮の中でなおらい(神事の後の小宴会)を
やっていたが、外国人の異教徒を神殿の上に招じあげ、お神酒を飲ませて
陽気に振舞ったので、彼、ビックリして、世界にはこんな宗教もあるのかと言っていた。
 但し、日本でも太平洋戦争の頃はこうではなく、排他的で、嫌で辛い生活を
強いられたものだ。
 今のアラブに対する欧米人を見ていると白人対有色人種、キリスト教徒対アラブ教徒の
戦争のような気がする。
 但し、イタリア国民は比較的人種差別がないのではないだろうか。かってアメリカ海軍が
リヴィアに向けて進行していた時、イタリア海軍はその前の航路に立ちふさがって
アメリカ海軍をとめたことがある。もっともイタリアはリビアでの石油がほしくてそうしたのかも
しれない。


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# by pincopallino2 | 2015-01-12 12:52 | Comments(0)
東京のイタリア文化会館
  最近フランスのパリではアラブ系の人が新聞社を襲撃して多くの犠牲者が出た。
前にはニューヨークの貿易センタービルが2棟ともやられて沢山の人がなくなった。
それなのにフランスもアメリカも自分達の被害ばかりあげてアラブ系の人達を非難
あするばかり。フランスの新聞社はアラブ世界を揶揄したり罵ったりしていたし、
アメリカもアラブ系の人々をバカにしてひどい処置を繰り返していたではないか。
  欧米人はとかくアラブ族をバカにし、軽んじているようで、バカにされたり、
軽んじられているアラブ族はたまったものではない。このような暴挙は双方で避けた方が
よいのは。自明の理だろう。
  イタリアにもそんなことがあった。日本航空がローマに飛ぶようになった時営業所の外に
置いた赤の鶴丸の看板が赤では町の明媚を損ねるということで、やむなく金色にしたが、
その後東京に建てたイタリア文化会館ほ壁面が全部赤。あまりにみっともないのでも
付近の住民が反対したが頑として聞き入れず、依然として醜態をさらけ出している。
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# by pincopallino2 | 2015-01-09 15:34 | Comments(0)
ベファーナ
  1月6日。 イタリアの町は今夜賑やかなことだろう。
去年の12月初めから続いた歳の市が今晩で終わる。
  初めてのベファーナの夜、近所の悪童どもに誘われて市場をやっている広場に
出かけた。途中で悪童共にビニール製のヘルメットと棍棒を買わされた。
市場は大変な人出なので、ボンヤリしていたらいきなり棍棒で殴られた。
連れに聞いたら今夜はすれ違う者は男女の差別なく誰でも殴って良いのだと言われて
それからは殴ったり、殴られたりの大奮闘だった。
  この日はキリストが生まれたと聞いて東方からベツレヘムにやってきた三賢人。
いくら探してもどの子がキリストかわからないので、王様のヘロデの所に聞きに行った。
当時のユダヤでは生まれたばかりの長男を記録していたのですぐに教えてもらい
キリストに会いに行ったのだそうだ。キリストにとってこの三人が家族以外に会う
最初の人々であったので、カトリックでは公現祭(エピファニア)という。
  クリスマス プレゼントは元来大人どうしの贈り物の交換で子供たちはこの晩に
親たちから色々と贈りものをもらうが、贈り物を持ってくるのはサンタ クロースでは
なくて箒にまたがった汚いお婆さんで、彼女の名前がベファーナということになっている。
この一年学校の成績が悪かった利、親の言いつけを守らなかったり、悪戯ばかりして
いたような悪い子への贈り物は石炭がらしかもらえない。この時期になると
お菓子屋さんに真っ黒な石炭ガラそっくりのお菓子が並ぶが、食べると結構美味しい。
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# by pincopallino2 | 2015-01-06 19:39 | Comments(0)
お正月の門付け
  年末に体調をくずしたのでおくればせになってしまうが、
太平洋戦争前の東京では正月になると羽つきや凧揚げを
している子供達の間を盛装した年始回りや初詣の人が行きかい、
三河万歳や獅子まわしが一軒一軒門付けして結構賑やかで、
情緒があった。
  ローマではクリスマス近くになるとチョチャリア地方から
出て来た羊飼いがスコットランドのバッグ パイプによく似た
笛を吹いて門付けをして歩く。
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# by pincopallino2 | 2015-01-05 13:40 | Comments(0)
正月料理
 日本でのお正月料理は雑煮とお節料理だが、雑煮では
九州、福岡近くのブリを使った茶碗蒸しのものが一番好きだ。
 正月のお節料理は正月の間主婦に楽をさせる為に
多く作っておくのだと聞いたことがあるが、暮に何日分かの
料理を作るのも主婦だから、主婦にとっては同じことだろう。
 イタリアではお正月にレンズ豆を食べる。丸い形が貨幣に
似ているので、お金がたまるようにとの願いからだそうだ。
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# by pincopallino2 | 2015-01-02 14:33 | Comments(0)