日本とイタリアの年末年始
 昔、日本航空には12月31日の23時30分にロンドンからフランクフルト経由で
ローマに着き、1月1日の午前0時30分にカイロだったかベイルートに飛び立つ
便があった。たまたま運航曜日の関係でそうなったのだが、空港からの帰りは元日の
午前2時頃。町じゅうが窓から放り出された瀬戸物だらけになるので、広い通りを
探しながら帰って来たことがある。
 ナポリの大晦日はもっとひどかった。ソレントからの帰り道だったが真夜中の
宴会に備えてレストランもホテルの食堂も開いていない。普段と違って車の通りの少ない
街中を探し回っていたら、上から車めがけて爆竹を投げつける。僕の車は屋根が
ビニール張りだから危なくて仕様がないから早々に逃げ脱した。
 ナポリに入ってからホテルは丘の上にあって、ナポリの街とヴェスヴィオと海が一望
できる。12時頃から瀬戸物を捨てる音の他に爆竹の音も混ざってすさまじいこと。
知人の日本人は見ていたら、余りの騒音で、停めてあった車の盗難予防器が鳴り出したと
言っていた。いずれにしろ爆竹の煙でナポリの町は10分位で見えなくなった。
でも騒ぎが一段落したあと、その煙が海の方にたなびいて行くのは、見ていても
たまらない情緒だった。
 なお最近聞いたところによれば、ローマでも爆竹をあげるようになったそうだ。
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# by pincopallino2 | 2015-01-01 17:45 | Comments(0)
大晦日 (サン シルベストロ)
  今日は12月31日。日本でもキリスト教国でも同じ1年の最終日だ。
  日本では大分昔と異なって歳の暮れらしい情緒も雰囲気もなくなって
しまったが、昔は1年の終りらしく、大掃除をする人、年越し用の買い物を
する人達で町全体が賑やかで、そのくせ逝く年を惜しむ風情が漂っていた
ものだ。
  欧米では逝く年なんかへの感情なんてほっぽり出してひたすら新しい年を
待ちわびる。
真夜中の十二時になると日本では108の煩悩を消す為方々のお寺の鐘がなるが、
西洋では大晦日をサン シルベストロの日と言う。12月31日は教会の為に色々と尽くし、
紀元325年に開かれたニカイアの宗教会議ではキリストは人間で、厳しい修行を
積んだ為神に近い存在になったというアリウス派の主張を退け、アタナシウス派の
神とキリストと聖霊は一つのものであると主張するアタナシウス派の三位一体論を
正論として取り上げたりしたローマ法王聖シルベストロ一世を記念した日だ。
  ローマで初めて経験した大晦日には驚いた。自宅から見えるヴァティカンの
サン ピエトロ寺院の丸屋根に点々と裸電球のイルミネーションが点っているだけの
静かな夜だったが、真夜中の12時の鐘が鳴り出す頃から窓の外が騒音に包まれた。
一年間の間に壊れた瀬戸物類を窓から放り出しているのだそうだ。危ないので法律で
禁止されたが、そんなこと聞かこそ。7階、8階からの窓からも平気で放り出す。
道は危なくて歩けないが、翌朝6時頃には綺麗に掃き清められていて二度ビックリしたものだ。
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# by pincopallino2 | 2014-12-31 13:52 | Comments(0)
無原罪のお宿り
 病気で臥せていた為書けなかったが、12月8日は無原罪のお祭りと言って
キリスト教でも殆どカトリックだけの祭日。この日ローマ法王はローマの
スペイン広場に出向いてマリアの柱頭に花束を捧げる。と意っても柱は高いから
消防手が梯子車に乗って、法王から受け取った花束を聖母の頭に置く。
 僕は始め、このお祭りはマリアがキリストを宿った日だと思って、一生懸命
クリスマスの日と合わせて計算し、それにしては懐妊の日数が長すぎると
ブログに書いたら、そんなことはないとチャンと辻褄が合うように計算して
教えてくれた人が居たが、実際には聖母マリアがお母さん、つまりキリストの
お婆さんにあたるアンナのお腹に宿った日とのこと。
 キリストと同じようにマリアも両親の通常の営みがないままに生まれてきた
ことになるが、キリスト教徒でない僕には代々具体的な父親なしに生まれたなんて
信じられない。
 この話し、結構昔から言い伝えられていたようだが、1854年12月8日に
時の法王ピオ9世が認めたので毎年12月8日を祭日としたらしい。
 言い伝えとしてはスペインが盛んで、そのせいか無原罪のお宿りを題材に
した絵はスペインに多いようだ。
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# by pincopallino2 | 2014-12-29 15:54 | Comments(0)
歳の市
 クリスマスは終わっても歳の市はまだ賑やかだろう。
よその国のことは知らないが、イタリアでは1月6日の
夜まで続く。
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# by pincopallino2 | 2014-12-26 08:56 | Comments(0)
サンタクロース
 南イタリアのバーリにある聖ニコラはプーリア ロマネスク風の素晴らしい
建築で、1000年程前、バーリの水夫72人が南トルコから盗んで来た
聖ニコラの遺体が安置してある。
 当時はキリスト教の聖人の遺体を盗んで
来るのが流行りだったらしく、ヴェネツィアも聖マルコの遺体をエジプトの
アレキサンドリアから盗んできて、それまでの聖テオドシウスに代えて
ヴェネツィアの守護聖人にしたのだそうで、海に向かって立つ
ヴェネツィアの門の柱には片方に聖マルコの象徴である獅子、もう片方には
聖テオドシウスの象徴の鰐が載っている。
 聖ニコラは南トルコの地中海に近い町の司祭か何かだったが、
死後3年経った幼児の切り刻まれた死体を繋ぎ合わせて生き返らせた
奇跡によって聖人に列せられたのだそうで、サンタクロウスのもとに
なったのだそうだ。サンタクロウスの基になったのは他の聖人だという説もあるが、
この聖ニコラの廟、もともとトルコの司祭だったので地下にはローマンキャソリックと
ギリシア正教系の礼拝所が二つあり、東方教会系の巡礼団も来ている。 
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# by pincopallino2 | 2014-12-25 15:39 | Comments(0)
クリスマス
 11月の半ばより体調をくずして寝込んでしまったが、
どうやら会社にも行けるようになって気がついたら
もうクリスマス。
 イタリアでの始めてのクリスマス イヴの時は随分賑やかだろうと
思っていたのに普通の日の夜より静かで人通りもなく、びっくりした。
深夜ミサにあづかったら家に戻って家族だけ、もしくは仲の良い人達を
招いて食事をするのだそうだ。
 イタリアで思い出に残るのはピエモンテ州もフランスとの国境に近い
ドリアーニのクリスマス。
 クリスマスの3日位前から山の上の旧市街は夜になるとキリストの生まれた頃の
ベツレヘムの町に変わり、電気は無し。i街灯の代わりに松明が壁にさされ、
お店もその昔のまま。ローマ軍団の兵士が待ちの中を巡回していたり、
女の占い者の店があったり、酒場に入ると昔の格好をした男たちで一杯だったりする。
泊まっていたアルバからドリアーニに行く道も、真っ暗になった葡萄畑のあちこちに
点在する農家のクリスマスの明りが見えて楽しかった。
 翌日、日本へ帰ろうとしてホテルを出た途端雪が降り出して、まさに
ホワイト クリスマスになったのも懐かしい思い出だ。
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# by pincopallino2 | 2014-12-24 19:47 | Comments(0)
痴漢
 歳をとっているからか、軽い風邪をひいたら、
2週間寝っぱなしになってしまった。
 寝床の中でラジオばっかり聞いていたが、
痴漢のニュースが多いのには驚いた。
 それも警官や、学校の先生など硬い職業の者が多いが、
最近の女性も悪い。結構寒くなってきたのに
太ももまで丸出しにして歩いている。
 結構男達を挑発して、それで男が悪いというの理不尽だ。
 ローマでは朝の出勤時が楽しみだった。混んだ電車や
バスの中には若い女性も沢山いるが、彼女らの胸が
大きいのでいやでもこっちの身体につく。
揺れる度にこっちの女性、あっちの女性とぶつかって
天にも昇る気持ちだった。
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# by pincopallino2 | 2014-12-01 14:45 | Comments(0)
戦後の日本人旅客 12
  そんなこと、今はもう殆どないと思うが、
太平洋戦争が終わって、それまでは船か鉄道での旅だった
飛行機でヨーロッパに来られるようになった頃の
日本人の旅客はイタリアに来ると、食事の時、スープは音を立てて飲むし
スパゲッティはうどんやそばと同じように食べて、しまいにはお皿を手に持って
かっこむ。ナイフ、フォークもうまく使えなくてガチャガチャ音を立てて、
しまいには箸をくれと言い出す始末。おくびは平気でするしで
他の客の顰蹙をかったものだ。
  日本の庶民の間では旨いものには舌鼓を打つというくらいで
汁を吸う時など音を立てるのは当たり前出し、お箸なんて最高の
道具だろう。西洋人なんかフォークが発明される前は手掴みで
食べていたろう。
  それぞれの風俗、習慣はお互いに尊重すべきだが、
「郷に入っては郷に従え」で旅行先の習慣に従った方がよい。
未知の物を知る。それも旅の魅力の一つではないだろうか。
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# by pincopallino2 | 2014-11-15 12:09 | Comments(0)
物干し
  ローマに赴任当時、一時郊外の住宅街エウルで独身生活を
していたことがある。
  ある日曜日、ハンカチや靴下類を選択して外に干しておいたら
近所の人が飛んで来て、「洗濯物を外に干してはいけない」と
教えてくれた。
  ナポリの下町あたりで選択物を表に盛大に干しているのは
観光用に許されているのだそうで、住宅街では高級になればなるほど
人に見える所に干すのは禁止されている。
  マンションみたいな集合住宅では屋上に物干し場がある。
それにしても、ナポリやパレルモの庶民街みたいに、向かい側の
家どうしで綱を張り、道路の真上に2軒分の洗濯物を干すのは秀逸。
  日本の観光客は窓に干してある洗濯物を見て笑うが、日本の
マンションでも同じで、布団等も干してある。
  雨が降り出すと日本では干し物をすぐ取り込むが、イタリアでは
そのままにしておくことが多い。晴れれば乾くからよいんだそうだ。
  田舎に行くと洗濯物を道端の木や草にかぶせてあったりする。
土ぼこりがついて汚いだろうと思うのは我々日本人だけなんだろうか。
  なお、上記のような干し方、なにもイタリアだけに限ったわけではない。
 
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# by pincopallino2 | 2014-11-13 14:40 | Comments(0)
万聖節
  遅れてしまったが、11月1日は万聖節。または諸聖人の日と言って
カトリック教徒の大事なお祭りの日だから、皆教会に行って、何百人居るか
わからない聖人達に祈りを捧げる。ついでに家族の死者にもお参りするらしく、
クロアチアの首都ザグレヴでは旧市街の通りが閉鎖され、墓地への臨時バスが
ひっきりなしに出ていくのを見たことがある。
  あるイタリア人から聞いたことだが、イタリアでは11月1日の諸聖人の日の
翌日は死者達の日だから家族そろって墓参に行き、持参のお弁当を墓前で
拡げて、先祖達と食べるのだそうだ。 沖縄あたりと似通った風習だが、
日本と違って土葬だから遺体の入った棺を空いているスペースに積み重ねる
都会では家としての埋葬所でももっているならともかく、普通の家では無理だ。
多分、田舎の村の話しだろう。

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# by pincopallino2 | 2014-11-12 13:26 | Comments(0)
紅葉(黄葉)
  紅葉の時期。神奈川県の辻堂という所から東京の恵比寿迄
電車で毎日通っているが、桜の時期と紅葉の時期は車窓からでも
結構楽しめて、本を読んだり、居眠りをしたりする暇がない。
  もみじの紅、銀杏類の黄、カラマツの茶、常盤木の緑が
混じった美しさは日本だけでしか知らない。
  カナダの紅葉は見事だし、ニューヨークのセントラル パークの
秋も綺麗だが木陰から高層ビルが見えたりして興ざめだ。
  イタリアでも紅葉は楽しめる。 ピエモンテ州のランゲ地方は
葡萄酒の名産地だけに色々な葡萄の木が植わっているが、
紅葉の時期になると種類によって葉の色が紅、黄と変わってくる。
  ゆるやかに起伏する丘の向こうにはアルプスを遠望できて
素晴らしい眺めだ。
  国中が黄色に染まるスロヴェニアの黄葉も忘れられない。 
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# by pincopallino2 | 2014-11-11 11:45 | Comments(0)
イタリア人の旅行者 3
1970年の大阪万博の頃、航空会社の1職員として
羽田空港に勤務していて、イタリア語以外は全然
分からない男の入国審査から通関まで世話してやった
ことがある。
  万博見物に来たのだというのだが、田舎から出て来た
ばかりといった感じで、人品卑しく、着ているものもお粗末。
  どうしてあんな男が一人で万博に来たのだろうと不思議に
思っていたら、暫くして新聞記事になっていて、スリで
捕まったとのこと。
  当時は高かった航空運賃を払ってまで、日本に
稼ぎに来たらしい。
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# by pincopallino2 | 2014-11-10 15:35 | Comments(0)
イタリア人の旅行客 2
 ベルギーの首都ブラッセルで同行の日本人が財布を掏られた。
一緒に警察に行くと、同様の被害者が他にも沢山いて、中に
イタリア人のおばあさんも混じっている。やはり財布を抜き取られた
らしく、「ベルギーって国はおっかない所だ。油断も隙もありやしない」と
怒っている。
 彼女、自分の国のイタリアも外国人にとって掏りや置き引きで
有名なのはまるっきり知らないらしかった。
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# by pincopallino2 | 2014-11-09 11:55 | Comments(0)
イタリア人の旅行客 1
  イタリア人の観光客が団体で来た。
東京近辺を観たら関西にまわり、大阪から帰国するとのことだったが、
そのうちの男一人の様子がおかしい。
夜ホテルを抜け出して夜中の町を寝巻きのまま駈けずり回ったりする。
大声で何か言っているのだが、イタリア語だから保護したお巡さんにも
わからない。
そんな人騒がせの男なのに、旅行に出るまでは見ず知らずの仲だった
にもかかわらず皆で面倒を見て一緒に旅行していたが、
帰りの飛行機では飛んでいる最中にドアを開けようとして大騒ぎだった
そうだ。
彼は郵便配達夫なので、自分が居なければ郵便が溜まってしまうと
思い込んで旅の途中ノイローゼ気味になってしまい、郵便を配達して
いるつもりで夜中の町を駆け回ったり、飛行機のドアを開けようとしたらしい。
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# by pincopallino2 | 2014-11-08 15:05 | Comments(0)
イタリア人の旅行者と日本人の旅行者
  ある時、見知らぬイタリア人がローマの事務所に来た。
今度仕事で日本に行くことになったが、日本語は全然分からない。
ついては「今日わ」、「今晩わ」、「さようなら」、「有難う」、「どうぞ」の
五つだけ教えて欲しいという。悦んで教えたら口の中で繰り返しながら
帰って行った。
  それから数時間後に一見紳士らしい日本人が来てイタリア語を
教えて欲しいという。今日は同じようなことが起きるなと思いながら
タリア人が聞いて来た単語を教えようとすると、途端に遮って
「高い」、「まけろ」の二つだけでいいんだ。
  先刻のイタリア人に比べ、同じ日本人として心寂しい思いをしたものだ。
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# by pincopallino2 | 2014-11-07 11:34 | Comments(0)