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ローマのコンチリアツィオーネ通り
 ローマ、サンピエトロ寺院へ真直ぐに向かう広い道は
Via Conciliazione(ヴィア コンチリアツィオーネ:和解の道)と
言ってイタリアと法王庁が和解したラテラノ条約の締結を記念して
中世の頃からあったスピーナ ディ ボルゴ地区の家々壊して
造られたもの。前から道が造られる前の情景はどんなだったろうと
思っていたが、今、東京、上野の美術館で行われているターナー展の
広告にサン ピエトロ寺院の2階のテラスから前の広場を俯瞰した
大きな絵があって、昔のスピーナ ディ ボルゴ地区の建物も見える。
その横には今は一階が土産店になっているビルも描かれていて
僕にとっては貴重で且つ面白い風景だった。

(ラテラノ条約は1861年のイタリア国家統一以来、イタリア政府とローマ
法王庁の間で懸案となっていた主に領土問題、教会の財産権などについて
お互いに譲歩し、イタリアはローマ法王庁をヴァティカン市国として認め、
法王庁もイタリアを国家として承認した条約で、1929年2月11日に
ムッソリーニが法王庁とローマでサン ピエトロに次ぐ大寺院サン
ジョヴァンニ イン ラテラノで締結したもの。
ターナーは1819年頃イタリアを旅行したらしい。)
by pincopallino2 | 2013-11-09 12:14
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