ドイツの娼館はどういうわけだか中央駅の周りに多かった。5階、6階以上の
ビル全部を独占して、エロス パレスとか言った赤かピンクのネオンが点いていた。 部屋の一つ一つに女性がいて、客がつくとドアを閉める。低層階にはアフリカ系や 東南アジア系の女性が多く、上層階に行くに従って白人が占め、値段も高くなる。 何だか人種差別をしているようだった。 ドイツに売春が残っているのは意外だったが、戦後はアメリカをはじめとして 占領軍の将兵が多く、その後東西に分かれていた頃の西ドイツは経済復興が めざましくて労働力が足りなくなり、最初はイタリア人を移入した。 すぐ近くの国だし、イタリア人は遊び好きだから払った給料をそのままドイツ国内で 使ってくれるだろうとの思惑だったそうだが、案に相違して彼らはせっせとイタリアの 家族たちに送金する。挙句の果てにイタリアの景気が良くなって、「祖国は君達を 待っている」なんていうイタリア語の広告が新聞一面大にでたりしたものだかsら、 皆帰ってしまった。困った西独は韓国に声をかける。たしか1960年代の西独には 韓国人が多かった。その後はトルコ人と労働力を外国に頼っていたが、 戦後の占領軍以後も外国人労働者が多いので、良家の子女が彼らに襲われては との懸念から売春を認めているんだと聞いたことがある。 娼婦の多くは白人を含めて外国人だった。ドイツは売春婦も移入して いたのだろうか。
by pincopallino2
| 2008-10-14 11:51
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