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日本人逃避行 16
(4月25日の項  続き)
 山の日陰が長くなり、頭上を掠めて近くに着弾、炸裂する弾はまだあったが、
砲声は次第に静まったので、有志の者が丘陵の高台に登って偵察したところ、
避難していた町民達が町に向かって帰って行くので、一同胸をなでおろし、
一人の怪我人も出なかった幸運に感謝しながら、日没も近づいて空腹を覚え、
夕食をなんとか工面しなければならないので、昨夜の宿舎にする為森を出て、
一列縦隊で山道を町に向かった。
 その時前方にジープ(当時はそんな名前,知らなかった)が止まってMPの
文字がヘルメットに書いてある米兵が銃を構えて近づき、一行が日本人である
ことを確かめると拘束、連行して、小学校らしい建物に収容した。校庭には
武装解除されたドイツ兵が多数収容されていた。時折ドイツの戦闘機が低空飛行で
機銃掃射をするのに驚かされたが、夜半になって近くの民家に移されて所持品の
検査を受け、写真機、刃物等は押収されてしまった。
 日本と米国は交戦中であり、日本人として米軍の捕虜になることがたとえ
非戦闘員であっても、どんな覚悟が必要なのか、在欧の他の同胞は
こんな場合どうしているのか、軍人、軍属でもない日本人が敵の捕虜に
なった場合どうあるべきか、などについて誰も充分な知識がないので、
重なる戦火を逃れて命拾いはしてきたものの、或いは機会をつかんで
自決せねばならぬかと悲壮な決意を固め、同夜は飢えに寒さも加わって
家族ともども最悪の捕虜の第一夜を送った。ちなみにこの避難行動に同行して
世話してくれていたヒンダー氏は夫人とともに一行から離れて行方不明になって
しまった。
by pincopallino2 | 2009-02-26 15:23
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