日本人逃避行 21
 1945年4月27日  我々の使用を許された便所が全然ないので、早朝、男子が
集まって付近のガラクタ物を捨ててある所から木切れ、トタン板の古いのなどを拾い集め、
建物の傍らの空き地に囲いを急造して女子の為の便所にした。(トイレがなかった件に
付いてはあとで指揮官のKeck中尉から遺憾の意が表された)。
 捕らわれて以来、既に40時間近くなっているのに食糧が全然支給されないので
困惑していたところ、朝始めて米軍最前線用の携帯食糧”K” Ration(戦後日本でも
知られるようになったが、乾燥固形化されたか、又は粉末になったものが、弁当箱大に
1食分パックされ、コーヒー、砂糖、煙草、ガムも含まれている)が各人に1箱づつ
配給された。この食事の為水を要求したところ、約1キロ先の井戸まで取りに行くことに
なったが、その都度”MP”に同行監視され、改めて捕虜扱いを親身に感じさせられた。
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by pincopallino2 | 2009-03-05 11:13
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